北之庄城を終えて電車に乗り、安土駅で安土城と観音寺城のスタンプを押して、大垣城に向かいました。大垣城はもともとこの日のちょうど一年前くらいに行ってるのでまあスタンプ集めのためにいきました。
大垣城は築城者や築城年がわかっていませんが、歴史が詳しくわかっているのは関ヶ原合戦の時くらいから。石田三成がここを本拠地として関ヶ原に出陣しました。しかし、石田三成は敗北し、あっけなく命を落とします。勝利に終わった家康は家臣の戸田氏鉄を大垣城に入れました。戸田氏鉄は大垣城を改修し、明治まで戸田氏が大垣藩を務めました。大垣城は戦争直前まで残るものの大垣空襲で惜しくも戦災に遭い、焼失しました。天守は1959年に復元されました。
大垣城は遺構が少なく、石垣の一部が残っています。天守台の石垣はどうやら昔のものであるものの、どこまでが当時のものなのかわかりません。石垣には化石が書いてあるものがあるそうですが、時間がなかったので見ることができませんでした。櫓が3、4基ほど復元され、当時の大垣城とほとんど変わらない姿となっています。
僕は大垣城に攻城したのがもう3回目だったので、魅力さが大垣城の遺構の数などから感じられず、戦争がなければよかったのにと思いました。なるべくなら当時の遺構がもっとあって欲しかったです。
評価
遺構★
建物★★★
行きやすさ★★★
全体★★
攻城時間
30分〜40分程
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