【正法寺山荘】
<駐車場他>城跡内に8台程度の駐車スペースあり。
<交通手段>車
<見所>石垣・屋敷跡
<感想>現地説明板によると正法寺山荘は関一族の武将、関盛貞(織豊時代の関盛信の曽祖父にあたる人)が永正年間(1504年~)の初めに築いたそうです。戦国時代にあってもこの砦へは連歌師が訪れ、詩歌や茶の湯が行われたそうですから関氏の拠点亀山城の保養所的な役割の砦だったかのように思います。当時は周辺にも寺院が建ち並んでいたそうです。
城跡は3方向に小野川が回り込むように流れており、西方向は山になっています。広い削平地に郭は石垣で方形に仕切っています。石積みの虎口や石段や暗渠・石組井戸も見られます。石は角が取れた丸みのあるもので脇にある小野川から集めたものと考えます。全体を小野川に沿うように土塁で囲んでいます。
16世紀初頭に築造されたとは思えないほど遺構が明瞭に残されていて納得の国史跡で見応えあります。夏場に伸びきった雑草がそのままで来訪時期を間違えたのが少し惜しかった。城跡に桜が植えられているのでその時期はすごくいいと思います。
<満足度>◆◆◇
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