由井(比)正雪はよくわからない人物で、徳川幕府史上最大のクーデター事件(未遂)と言われる「慶安の変」(1651)の首謀者とされながら、検挙時に行動を共にしていたのはわずか十数人。江戸、駿府、京、大坂での同時多発テロ計画だったわりに心もとない。
そこで指摘されるのが、本来の計画は駿府(久能山)での蜂起どまりで、それ以上は話が盛られた可能性が高いというもの。そもそも本人の遺書に幕府転覆の意図はない旨書かれているというのだから、いよいよ腑に落ちません。
3代家光までの武断政治を批判する。そこは基本路線としてあったのかもしれません。ただ、それを超えてくる部分となると、むしろ家光死後の舵取りに万全を期そうと綱紀粛正を図った幕閣にうまく利用されたように見えなくもありません。
天神町(東京都新宿区)一帯の敷地に五千人の門下を抱えた軍学者となれば、嫌でも治安当局の目に入りそうなもの。今日、当時の様子を伝える史跡は見当たらず、古地図の類にも関連の記載は見つけづらい状況。というわけで、未解決(?)事件がここにもひとつ。
ちなみに、近くの済松寺は家光が祖心尼(春日局の姪)のために建立した大禅院。大奥関係者が多く眠っています。
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