矢島御所(城びと未登録)は、戦国末期に奈良を脱出した覚慶の居館として六角承禎の命により築かれた城館で、覚慶はこの地で還俗して足利義秋(後に義昭)を名乗り上洛を目指しましたが、六角氏が離反して三好三人衆と結んだことから、矢島御所を離れて若狭国から越前国に逃れました。江戸期には大溝藩分部氏の飛地領となり、御所跡には野洲郡内の領地を管理する矢嶋分城が設けられたようです。
矢島御所は二重の堀と土塁をめぐらせた城館だったとされますが、現在では跡地には自治会館が建ち、周囲にわずかに堀や土塁の痕跡が見られるくらいです(私は見付けられませんでしたが)。自治会館の前には矢島御所の石碑と説明板、矢島町~歴史と安全マップ~が立てられています。
また、矢島御所の比定地は自治会館でなく、西に徒歩3分の少林寺とする説もあるようなので、少林寺にも行ってみました。一休さん(アニメ)で知られる一休宗純ゆかりの禅寺で、立派な庭園もあり御所らしい雰囲気が感じられます。一休の手植えと伝わるギンモクセイや一休さんの銅像もありました。
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