水俣城はかつて水俣氏によって築かれたと伝わります。城主が何度も入れ替わり
天正9年(1581)相良義陽配下の犬童頼安が城主の時代に島津氏の大群に取り囲まれ
相良義陽は降伏、葦北郡を島津氏に明け渡し水俣城から撤収しました。
今回は北側の駐車場に車をとめ、そこから攻めていきます。
入る口付近に古い石垣らしきものが見えます。
一度最高所にのぼりますが、このあたりが高城の本丸でしょうか。下に赤い社が見えますが
この下側に井戸跡と石垣があるらしいです。(今回は未確認)
一度中段の東福寺まで降り、東の古城跡に登ります。
この古城と呼ばれる郭は高城の時代にも見張り台や郭として機能していたと思います。
現状で確認できる石垣は北側にある部分だけでしょうか?
次はいつ来れるかはわかりませんが、その際には井戸跡も確認しておきたいです。
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