御城の別名は小薬城というわけですか‥ チェブさんの投稿にもありますが、道中にも「ここは小薬」の看板が立ってます。
城址には御城稲荷神社が建っていますが、明確な遺構は無いようです。城址碑が無いと城址とはわからないですね。
+ 続きを読む
✕
人が「いいね」しています。
2024/09/27 11:04
2024/07/05 21:13
御城稲荷神社が城跡 (2024/06/07 訪問)
榎本城を終えて北東に約6.5km程、栃木市小山市未踏の城廻り4城めでラストの御城(小薬城)を初登城。
駐車場:御城稲荷神社社務所集会所横
参考資料:余湖図コレクションさんグーグルマップに依る。
ラスト4城目は御城、別称小薬城ともいわれてる、少し陽も落ちて暗く成って来ましたが、敷地は御城稲荷神社境内、立派な「史跡御城」刻印の石碑、案内板解説板は無い。神社の参道の南に石製の鳥居が有りすぐ南に水路が有るが、堀跡のようである、社務所の南には広場と成っている。
暗くなってきており早々に退散終了としました。
早朝から多良埼城メインに常陸未踏の城7城、栃木市小山市未踏の城4城を訪ねる事が出来ました。
+ 続きを読む
♥ いいね
15人が「いいね」しています。
2023/10/29 16:09
ここは小薬。 (2023/10/04 訪問)
「御城」別の名を「小薬城」。
なんだか、神々しいような、それでもって常備薬のような安心感がある お城のお名前です。
「御城」は梶原 景則さんが、「祇園城」の支城として築城したようです。
梶原 景則さんは、鎌倉幕府の御家人の1人でもある梶原 景時さんの子です。
景時さんは、鎌倉から追放され殺害されます。息子の景則さんは、小山氏を頼り たどり着いたようです。
愛知県犬山市で、梶原 景時さんのお孫さんの「羽黒城」と出会い驚きました。
こちらにも、梶原のお名前に出会いビックリしました。小山氏との関係が気になります。
梶原 景時さんか~。
懐かしいですね、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』。
「御城」の石碑がある広場に到着。鳥居があり長い参道を歩こうと思いましたが、たくさんの銀杏が落ちていて、行く手を阻みます。
因みに、稲荷神社を背にして左手の御宅が立派でした。鯱が屋根の上で守ってます。写真は個人宅なので写してません。
、、、どこかの模擬天守より立派かもしれません。
ちょっと余談。
北海道テレビの『水曜どうでしょう』の、2023年最新作のエンディング、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』風になっています。
さすが頼朝さん(大泉洋さん)、笑えました。
と、かなり脱線しました。鎌倉時代から現在まで、良く残っていてくれました。先人好きなので、梶原の名前に嬉しくなった「御城」攻めでした。
+ 続きを読む
♥ いいね
17人が「いいね」しています。
分類・構造 | 平城 |
---|---|
築城主 | 梶原景則 |
築城年 | 鎌倉時代前期? |
主な城主 | 梶原氏 |
遺構 | 横堀(空堀)? |
再建造物 | 石碑 |
住所 | 栃木県小山市大字小薬(御城稲荷) |