今年の2月25日、冬枯れ、草刈、灌木竹林伐採整備がされた頃、遺構が良く観える事を期待して二俣城へ出かけました、先に西の丸Ⅰ、Ⅱ、Ⅲと南の丸Ⅰ、Ⅱを投稿しましたが、本投稿は本丸東側にある土塁の様ですが石垣塁である遺構を、東側崖に茂っている竹林が一部伐採されて、草も刈られて石垣・土塁上から、北から南から斜めですが良く石垣が確認出来ました、又東崖下の登城路からも石垣を見上げて観察確認も出来ました。
東石垣・土塁は北の北門・搦手門跡から中仕切門跡の東側崖の上に存在しています、東石垣・土塁の西側に当たる本丸内側も良く観ると石垣が残って居ります。
二俣城の石垣は家康が関東移封後、掘尾吉晴の弟宗光が鳥羽山城と共に改修石垣化したとの事です。
久しぶりに本丸東石垣を観察見学を堪能しました。
+ 続きを読む











