鳥羽城は文禄3年(1594)九鬼嘉隆によって築かれたとされています。江戸時代初期に九鬼家の家督騒動が勃発した際に鳥羽に九鬼家の強力な水軍を置くことを怖れた幕府によって、九鬼久隆は3万6千石で摂津国三田へ移封となり、九鬼隆季は2万石で丹波国綾部に移封となりました。その後、内藤伊賀守忠重が3万5000石で鳥羽城に入り、二の丸・三の丸を増築し、近世城郭として改修を行ったとされます。
私にとっては二度目の訪問で、散策は本丸の周辺にとどめています。旧鳥羽小学校の運動場跡が本丸で、鳥羽の海を見渡せ、眼下には旧鳥羽小学校が控えています。そのまま学校跡の敷地を通って城の外に出ました。学校跡には門の脇から入ることが出来、そのまま本丸にたどり着くようです。
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