おきしおじょう

置塩城

兵庫県姫路市

別名 : 藤丸城、小塩城
旧国名 : 播磨

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①堀切
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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征31日目:置塩城 (2026/06/10 訪問)

置塩城の溝口駅からJR播但線で姫路駅に戻ってきましたが、姫路駅から宮置バス停に向かうバスの接続が悪く30分待ちになりました。
宮置バス停から徒歩20分くらいで、置塩城登山口(34.917986、134.677286)に着きました。

1469年(文明元年)赤松政則によって築かれ、播磨・備前・美作3ヶ国の守護職・赤松氏の本城として使われました。
赤松氏は嘉吉の乱によって一時没落していましたが、南朝方から神璽を取り戻した功によって、政則の家督相続が認められ加賀半国の守護として復興しました。
その後政則は、応仁の乱で細川勝元の命で播磨へ攻め込み、旧領の回復に努め、代々の居城であった白旗城から置塩城へ居城を移しました。
1577年(天正5年)赤松則房は羽柴秀吉の播磨平定に従って、1585年(天正13年)の四国征伐に功があり、阿波国住吉に10,000石の所領を得て阿波国住吉城に移り置塩城は廃城となりました。
羽柴秀吉が姫路城を改修した際に、置塩城の用材を転用したといわれており、姫路城の「と」の門は置塩城大手門を移築したものといわれています。

登城道は整備され距離は長く、緩やかな登り坂はやや滑りやすいですが、そんなにきつくは無いです。
城内はさすが播磨最大の山城と言われるだけありとても広く、主郭に二の郭、三の郭の他、至る所に残る石垣など見所満載です。
巨大山城ですので隅々まで見学するなら時間に余裕をもって攻城した方が良いと思います。
たくさん写真を撮りましたが、ピンボケが多くピンボケ写真は投稿を控えました。
攻城時間は95分くらいでした。本日の城巡りは、ここがラストです。
本日の宿泊先に戻る為、宮置バス停から神姫バスを利用して姫路駅に向かいました。
歩行歩数=33581歩、歩行距離=23.5Kmです。

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todo94

イベント前の攻城③ 二の丸~本丸編 (2025/03/08 訪問)

二の丸の南にも大石垣に迫る規模の石垣があります。縄張り図を見るとどう見ても城の中心は伝二の丸になりますよね。本丸は詰の城といった性格だったのではないでしょうか。前回は伝茶室跡の脇から本丸にアプローチしたはずですが、現在通行止めとなっています。二の丸をしっかりと見て二の丸と本丸の間の鞍部にある石垣も確認して、本丸南郭群にも足を伸ばしてから、山頂に位置する本丸を極めました。続100名城の中に入れても全く見劣りしない本当に素晴らしい城だと思います。同じ兵庫県内の続100名城・黒井城より個人的には好きです。城の縄張りの面では100名城の千早城、高遠城、長篠城よりはるかに魅力的だと感じています。因みに城びとでは、「おきしおじょう」となっていますが、吉川弘文館の「近畿の名城を歩く」と小学館のビジュアルワイド「日本名城百選」では「おじおじょう」となっています。この日の夜のイベント終了時に講師の先生とイベント前の攻城の話をしてしまいましたが、その時も「おじおじょう」と言っていました。その時に置塩城から尾根伝いに恒屋城まで続く道があることを教えていただきました。そのルートを攻める勇気は全くありませんけれども。

にのまるさんへ 気を持たせてしまって申し訳ありません。この後、レンタカーを返却してから夕食を摂って、イベント会場へと向かいました。次回、投稿いたしますが、ちょっと贅沢なイベントです。

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todo94

イベント前の攻城③ 登城口~三の丸編 (2025/03/08 訪問)

恒屋城からの転戦です。圓教寺に行けなかったので、急遽、攻城することにしました。2008年11月以来、17年ぶりの攻城です。17年も前にこの城に足を向けたのは、小学館のビジュアルワイド「日本名城百選」に載っていたからです。2008年9月30日初版第1刷を購入していますので、この本を見てすぐに攻城に踏み切ったようです。ただ、このころの私はひたすら本丸を目指すという城攻めをしていて、この城の魅力を十分に感得するにはまだまだ力不足でした。今では考えられませんが、この城の写真を15枚しか撮影していなかったのです。また、40代の頃の私は、体力にも欠けていて、青息吐息の登城でしたが、今回は18丁の案内板があるところまで、20分ほどでたどり着けました。ここから、前回はスルーした南曲輪群に足を伸ばして、見どころの大石垣、三の丸へと進みました。三の丸の下の西曲輪群や大手門には今回は足を伸ばしませんでした。次回の楽しみに取っておきたいと思います。なお、新しい案内板には大手門跡の記載はありませんでした。(夢前町時代の古い案内板には、大手門跡が載っていました。)

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しゅんいち

赤松氏が築いた巨城 (2024/02/28 訪問)

姫路駅北口から「前之庄」方面のバスに乗り、「宮置」バス停で下車。本数は1時間に1本ほどです。
徒歩15分ほどで登山口に着きます。

その後の登り道が大変です。登山口にストックが置いてあるので、借りていくのをお勧めします。
登山道は九十九折で、一丁~十八丁まであります。城域までは40分ほどかかります。

しかし、大石垣や大小の曲輪群は見応えがあり、疲れを忘れます。
2024年2月現在、本丸下の大石垣は修復中で見られませんのでご注意ください。

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城郭情報

分類・構造 連郭式山城
天守構造 不明
築城主 赤松政則
築城年 文明元年(1469)
主な城主 赤松氏
廃城年 天正8年(1580)
遺構 曲輪、石垣
指定文化財 国史跡(赤松氏城跡)
再建造物 石碑
住所 兵庫県姫路市夢前町宮置字城山
問い合わせ先 姫路市文化財課
問い合わせ先電話番号 079-221-2786