織田信長の旗本陣のある平井神社より東にほどなく行くと織田信長の次男・信雄の本陣が有った八幡神社があります。八幡神社に矢部公民館が隣接しているので、車はここに駐車させていただくと良いでしょう。信雄の陣は合戦時には最後尾にあたります。この時、信雄はまだ18歳なので合戦の様をここで良く見ておくようにとのことでしょうか。北東側すぐ近くに織田信長の嫡子・信忠の陣も有ります。織田信長の戦地本陣は信忠の陣の東北東800mの所にあり、設楽原PA(下り)からすぐ近くです。武田軍の相手は徳川家康や家臣の佐久間達に任せている感じですね。大変ですな家康さん。
設楽原歴史資料館の南には武田二十四将の一人、原昌胤の墓があります。原氏は美濃土岐氏の庶流とされています。上野国では土屋昌続らと共に上野衆の取次を行い人脈も有ったようです。二十四将の中では地味なイメージがありますが、要所要所で活躍してるようです。
設楽ヶ原の戦いで討死しています。
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