所かわって設楽ヶ原の決戦場に移動しました。決戦場の北端近くに丸山と言う小山があり、この周辺が大宮前激戦地と呼ばれています。はじめは織田軍の佐久間信盛が陣を敷き、武田軍の馬場美濃守がこれを奪い占拠したとされています。
砦と言うには、本当に小さな小山ですが頂部には陣地の石碑がたっています。
この周辺で多くの上州武者が討死したとされ、後世の堰堤の工事中に彼らの携行していた物と見られる「矢立硯」が連吾川の近くで発見されました。矢を入れておく箙(えびら)や鎧の引き合いに入れて携行し、陣中で武士たちの戦功を記録するのに使ったようです。
そこから北上して行くと名高前激戦地の「かるた」の読み札がたっています。「かるた」かぁ・・いや考えるのはよそう(ドドドドンキ♪)なるようになりますさ。
ここでも馬場美濃守信房・土屋昌次らと織田軍左翼の水野信元・佐久間信盛。丹羽長秀らが激しく戦っているようです。このメンツがぶつかった姿を考えるとヨダレが出ますな。そそりますな!
さらに北上すると馬防柵左端にたどり着きます。馬防柵終点・・
長篠・設楽ヶ原の合戦場の周辺は史跡の宝庫です。昔に一通り散策しましたけど結構なボリュームでしたよ。しばらく通いましたね。地の利っていいですな~♪
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