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織田晃司

本丸と出丸 (2020/01/04 訪問)

本丸と出丸は車道を挟んで向かい合ってます。

写真にアップした二の丸櫓台石垣はグラウンドの近くにありますが、かなり探すようになると思います。

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多摩の山ちゃん

運動不足の人には厳しい坂道です。 (2017/10/20 訪問)

風情のある城下町風の街並みをを通り抜けると天守跡への入口です。それからかなり厳しい石ずくりの山道を登ると頂上の天守跡に到着です。遠く眼下には恵那市の街並みが一望でき、達成感と清涼感を満喫出来ます。
徒歩での行き帰りは日頃より運動不足の人には厳しい道のりですが、帰り際に山頂近くまで車で行ける道路がある事に気付きました。
次回は麓の風情のある街並みを訪れるとともに山頂まで車で再訪したいと思っています。

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刑部

大好きな山中城 (2019/12/29 訪問)

ここは2回目、今回は富士山が見えませんでした残念。北条流障子堀が最高に感動します! しかしながら台風の影響でしょうか?崩れている所が多く場所により通行止で全て回る事が出来ず。私にとってはやはり山中城は土の城の最高峰です! 大好きな城址❗️

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ぴーかる

朝倉義景公墓所(福井県大野市) (2019/11/23 訪問)

【朝倉義景公墓所】
<駐車場他>義景公園となっていて広い駐車場があります。
<交通手段>車

<感想>朝倉義景公の墓所は2箇所あり、1つは一乗谷に、もう一つがこの地にあります。ここは義景公が自刃した大野六坊賢松寺があったのではないかという場所なので、自刃の地でもあるかもしれません。それは最後の最後に裏切った朝倉景鏡の居城亥山城にも近いです。一乗谷の墓所は村人の建てた祠から始まっているそうで、こちらは江戸時代に建てられたそうです。現在墓所は墓所と清水の湧き出る池がある公園になっています。
 

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小城小次郎

此隅山城

14世紀後半から16世紀後半までおよそ200年、但馬守護の山名氏が本拠を構えた場所。織豊系に代表される築城術の急速な発展の影響を受けない守護クラスの城郭として、希少な存在感を放っている。

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刑部

公園風神社 (2019/12/29 訪問)

お正月の飾り準備がされていました、小高いところにある神社周りに土塁があります。

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スミヤキ

石垣の博物館 (2019/11/15 訪問)

1月4日は「石の日」だそうです。
城好きにとって石といえば… 石垣かな。
石垣といえば… わたしは、金沢城にしました。

加賀百万石、前田家の居城として兼六園と共に有名ですよね。
2007年、2015年、2019年と3度訪問していますが、毎回城内に新たな施設が完成していて、積極的に復元整備が進められている印象があります。

この金沢城、出入口や庭園など場所に応じて様式を使い分けた多種多彩な石垣が存在しています。併せて、石垣づくりの秘伝書、石を切り出した丁場、石引き道など石垣に関する歴史資料や環境が備わっていることから、「石垣の博物館」と呼ばれています。城内の多様な石垣を巡るコースも有り、パンフレットで紹介されています。

玉泉院丸庭園は、石の積み方、色合いを変え、意匠的な石垣をしつらえて、石垣を見て楽しむ庭になっているとのこと。必見ですね。今回は、パンフレットにある比較的短時間で巡る城内ルート(約1.5km)を約1時間かけて散策しました。

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はと

冬の五稜郭 (2019/12/21 訪問)

冬の五稜郭に行って参りました!
今年は雪が少なかった気がしますが、もちろん日陰など凍っているところはつるつるでしたので歩くときは気をつけた方がいいです。

そして、五稜郭タワーの上から全貌を見ると星がしっかり分かっておもしろいです。半月堡にもきれいに雪が積もっていました。

榎本武揚たちが北海道に上陸した時期もこんな函館の雪景色だったのでしょうか。

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JPN-AZE

Whole castle (2020/01/02 訪問)

2020年1月2日、私は4度目の松本城訪問をしました。前回は2018年の正月で、その時は天守閣に入ったので、今回は省略しました。いつも長蛇の列、と言うのもありますが、国宝松本城おもてなし隊と一緒に撮りたかったのと、そのおもてなし隊の登久姫様のグッズを、アニメーターになりたいと思っている、ウクライナ出身、ロシア在住の友人の女性に贈る為、購入するのと、前回見ていなかった二の丸址を見る為でした。どうしても天守閣が目立ってしまうので、その前にある本丸御殿址に目が行きがちですが、二の丸御殿址も、本丸御殿址程は広くないものの、それなりの規模だったのがよくわかりました。

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ぴーかる

半分雲海 (2019/11/23 訪問)

【越前大野城】
<感想>越前御城印取得の旅2城目。戌山城の雲海撮影スポットより撮影。前日が雨だった為「天空の城いけるかも」と思い登城した。まず戌山城を突っ切って撮影スポットにダッシュでいったのでヘトヘトに。9:30頃着いたが、撮影スポットには10数名の方が既にいらしていたが、どうやら写真のように城山の手前半分は早い時間からも雲海は無かったようで、奥側半分は雲海があったのですが私が着いた時にもみるみるうちに霧が晴れてきたので急いで撮影しました。年にあまりないチャンスがたまたま遭遇できる訳もなし。
 戌山城を見て下山して、大野城は既に2回行っているので御城印のみとして3種類とも買ったたわー。

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刑部

主郭部に直ぐ行ける山城 (2019/12/29 訪問)

駐車場がありトイレがあり、本丸に直ぐ行ける山城! 城址の碑の所から階段を登ると直ぐです。そこからニノ曲輪・三の曲輪。

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朝田 辰兵衛

スリリングだったのは,実際の登城ではなく… (2018/11/26 訪問)

近鉄河内長野駅の改札通過→アンスリー河内長野店にて,南海バス“千早赤阪ワイドモックルカード”購入→河内長野駅(3番のりば)南海バス(小深線)に乗車するという一連の流れでした。たぶん,3分台前半でクリアできたと思います…<笑>。トイレに行っていたらアウトでした。

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とってぃ

スタンプ のみで (2020/01/04 訪問)

おしゃぎり会館、旧若林家住宅、村上文化館を訪問

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とってぃ

スタンプ 押し忘れたが… (2020/01/04 訪問)

荘内神社や御城稲荷神社、旧致道館、鶴岡カトリック教会天主堂、大寶館などもまわれた。
致道博物館は休館だった。

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赤い城

桝形山城 東京都青梅市 (2020/01/04 訪問)

2020年攻め初めを辛垣城に設定。
渋滞が嫌だったので電車で行ける山城と言うことで。
色々調べたところ桝形山城経由が良さそうだったので二俣尾駅から徒歩で7分の泉蔵院を目指します。
墓地の脇に登城口がありました。
整備された険しい道を登ると途中に山神様が祀られていてそこからさらに登ると鳥居が建っています。
鳥居のところには堀切、鳥居の先に主郭がありました。
主郭には祠や石碑が立っています。
その先には堀切や尾根道が続いていて物見山経由で辛垣城へ。
由来は不詳のマイナー城跡ですが辛垣城とセットでどうぞ。
ハイキングコースとして整備されていて歩きやすくはあります。

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姫街道

歴史的戦いの場 (2020/01/03 訪問)

静岡県の中遠・北遠地方の山城をめぐる徳川と武田の取り合いにおいて、長篠の合戦が大きなターニングポイントになる事が今更ながらだが強く感じて、この城を訪れた。私は、静岡県民のため徳川贔屓であるが、あちこちの山城をめぐるうちに、武田勝頼公の山城建設における功績と言うか、、、足跡を強く感じ、我々からすれば昔甲斐の国から攻めてこられたわけで、どちらかというと県民感情では、、、だが、最近は内心、勝頼公を好きになってきていた。従って、長篠戦図を見た時、結果は勿論分かっているが、なんて無茶な事をと残念な気持ちになった。。さて、長篠城だが、三方を断崖絶壁の川に囲まれて、その点は二俣城みたいだった。ただ正面は、普通に開けていたようで、堀や壁があったようだ。勝頼公だったら、諏訪原城のように丸馬出しとか作っただろうな〜とか思うと楽しい^_^ さて土塁だが、何万と言う大軍を意識した土塁だったのだろう、立派な土塁が残っている。ただ、何故かその横にテントで大切に保護されている形の良い土塁も残っていた。特筆すべきは、その形の良い土塁が断崖絶壁まで伸びていて、その土塁端部の直下が滝になっている。なかなか立派な滝で、堀切の中に滝があるなんて珍しいのかなぁ〜って思いご紹介します。

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イオ

天正伊賀の乱最終決戦地 (2019/12/01 訪問)

戦国末期に滝野氏が築城し、第二次天正伊賀の乱では各地から立て籠もった伊賀衆と織田軍の最終決戦地となりました。山崎の戦いの後にも、織田方の隙をついて伊賀衆が柏原城を奪って籠城するなど、抵抗の象徴のような城です。

この地域特有の四方土塁で囲まれた単郭方形の城郭で、主郭の南側の虎口や北西隅の櫓台には石組みで補強した跡が見られ、東隅にはお滝女郎化粧井戸と呼ばれる石組みの井戸があります。主郭を取り巻く二重の横堀はかなりの深さがあり、北西隅や南西隅には落とし穴と思われる窪地も見られます。また、主郭の南東には堀切も一条設けられています。

桜町中将城に続いての登城でしたが、雑木が伐採されるなどよく整備されていて、遺構も遜色ありませんし、大いに見応えがあるものの、これまでの投稿にあるとおり「マムシ注意」の看板があちこちにあるため、12月の登城とはいえ、やはりどんどん藪に分け入っていく勇気(蛮勇?)は持てませんでした。

それにしても、この日にめぐった城の歴史を振り返ってみると、北畠(織田)信雄が伊勢と伊賀を支配する課程をたどっていることに気付きました(そういうつもりはなかったんですが)。北畠氏を滅亡(多気北畠氏城館と霧山城)させて伊勢を掌握し、丸山城の修築が天正伊賀の乱の引き金となり、伊賀制圧のために滝川氏城と桜町中将城を築き、最終決戦の地となった柏原城を攻略して伊賀を支配する…。
これまで信雄については、重臣から織田氏の跡目を継ぐに値しないとみなされた残念な人物というイメージでしたが、少なくとも伊勢や伊賀の歴史と城については、多大な影響を与えた人物だったんだな、と。
 

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井伊谷の祐

広大な平山城でした (2020/01/03 訪問)

高崎駅からバスで40分程ですが、駅の観光案内所でバスの時刻表とパンフレット頂きました。
城山入口バス停からすぐの椿名口から細い登り道を上がると、木俣。すぐ先に大堀切と郭馬出西虎口門が。
虎口門は平成28年に完成。木造りでとても立派で、門のある郭馬出を囲んだ大堀切が素晴らしい!
二の丸、三の丸、曲輪など広大な土地と深い堀切に囲まれて、本丸が守られている。本丸は驚く程広い。
堀切を歩くと野面積みの石垣も見ることが出来る。
城址内は修復作業中の所もあらが、歩きやすく、バイオトイレも2箇所ある。
登り口はいくつもあり、車で来る人の広い駐車場もある。
長野氏が築城した城も武田信玄には敵わなかった。
長野氏は長い間良い治世をしていた様だから民も残念だったでしょうね。
100名城スタンプは箕郷公民館隣の支所で頂ける。、
城址から公民館迄は下り坂だから、歩きの人は帰りに頂いた方が良いと思う。近くの四ツ谷バス停から高崎駅に戻れます。

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まこい

2020初登城 (2020/01/04 訪問)

後閑駅からは、やはり50分くらいかかりました

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刑部

雪残る城址 (2019/12/29 訪問)

細い道の先に駐車場があり止めることが出来ました。 登城口はすぐにあり登り始めると雪が残るところがちらほら上は大丈夫かなと不安気に歩いてると遺構が現れました、空堀・帯曲輪と私の胸はおどりはじめました誰一人いない城址をうろうろ石垣のような石が転がってますここだけ?頂上の本丸は雪だるまが溶けてました。 ここからの眺望良かった!富士山も見える城址 近所にこんな城址があれば毎日でも散歩に来たいと思いました。ただ、登り降りなら30分程度です。

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