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にのまる

チョー気持ちいい♪(平成語) (2019/03/21 訪問)

ご投稿のみなさまが絶賛されているので楽しみにしていました。
駅から3kmは徒歩圏ですが、ウォークナビの目的地を川崎城跡公園ではなく川崎城にしたためか、ナビのゴールは藪でしたΣ(-᷅_-᷄๑)
どこを探しても藪への突入口はなかったので諦めてそのまま山道沿いに直進すると、整備された城跡公園入り口に出ました。あの藪のなかには公園化されていない姿があったのかもしれません…ということは冷静に考えて、突入できなくてよかったということか(^_^;)
正面から正々堂々と踏み込んだ城址は大きくて深い堀と広い曲輪が連なっており、眺望もよく、北関東に残る城址の素晴らしさを改めて感じることができました。縄張り図を見ながら楽しく安全に歩くことができます。高低差がありますが階段が設置されており、全ての堀が繋がっているのでいつまででもぐるぐるまわれます。藪に接している三の堀は一段と低いところにあり、それほど手入れがされておらず、ちょっとした緊張感も味わえました。
見上げても見下ろしてもどこからどこを見ても壮観でした。

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小城小次郎

八代城

国史跡指定、続100名城認定と目出度いこと続きだが、城内の木が伐採されたのでちょっと殺風景になった・・かなあ。一国二城、一藩二城という、存在自体が珍しいお城。

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カルビン

足が痙攣してました (2019/03/31 訪問)

昨日は疲労でup出来なかったので2本立てでw


おそらくここだけを目的に来る事は無いと思われる三箇城。
自分も飯盛城のバーター的な感じで訪問しました。
(「城びと」に登録されていなければ行かなかったかも)

先日久々に山城攻略した為か、四条畷側から飯盛城経由で野崎観音に到着した際には足痙攣してましたしw

御朱印授与頂いている間に少しだけ回復したので、そこから野崎駅を抜けて三箇城へ・・・野崎駅から1kmちょいの距離です。
お城と言っても遺構は残っておらず、菅原神社の入口左手にある木の根元に城碑があるだけです。

菅原神社の解説に、三箇城がここにあった事と飯盛城の支城であった事がちょこっとだけ書かれておりました。


特にお城として見るべきものは無いので、飯盛城に行かれた方が余裕ある時だけ訪問されれば良いかと。

一応菅原神社に駐車スペースがあったので、車で行かれるのであれば菅原神社への参拝してから見学されると宜しいのでは?


ちなみに四条畷駅から3城見学して野崎駅に到着するまでに25000歩歩いてました(汗)・・・そりゃ足に来ますよねw

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カルビン

解説に近づけなかった (2018/11/17 訪問)

「城びと」に登録しなければ存在すら知らなかった場所。
埼玉高速鉄道線・川口元郷駅から徒歩10分程の場所にあります。

公民館の敷地の一角の高台に石碑がありました。

公民館の建物脇に解説版と思われる銅板のようなものが見えたのですが・・・敷地をチェーンロックで施錠されていた為、近づく事が出来ませんでしたorz
(※ぜんぜん跨いで入れたけど、周辺住宅地なので・・・入った瞬間に通報されかねないので(汗))

住宅地なので当然遺構は残っておりません(むしろ公民館だから石碑とその土台が残せたような感じ)


車を停める場所も無いので、電車で出掛けた際についでに立ち寄る程度で宜しいかと。

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琵琶湖を望む景色が良い (2017/04/23 訪問)

あーるさんの投稿に被せてすみません。補足です。八幡山城を経ずに東麓から登頂することもできます。北之庄神社とヴォーリズ老健センター脇からの道があります。前者は低いシダが繁っているかも。山体には三つのピークがあり、南側が八幡山城、真ん中が北之庄城です。北之庄城から下山せずに尾根を北上し、百々神社に至る道もあり、トレイルランしている人も。琵琶湖側の景色はグッドです。

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チェブ

庁鼻和上杉氏! (2019/03/23 訪問)

「庁鼻和城」の門にあの雀のマークを見た時、こちらはどちらの上杉さんだ?と思ったら「庁鼻和上杉氏」。
山内上杉 憲顕さんの六男坊、憲英さんが築城しました。
康応2年、憲英さん仏道に帰依し国済寺を建立しました。「庁鼻和城」、国済寺の方が探しやすいと思います。
この頃、室町幕府や関東管領、公方が ごちゃごちゃしていた時代です。
庁鼻和上杉氏は「庁鼻和城」で三代続き、康正2年に「深谷城」を築城し移ります。
ちなみに深谷では「深谷上杉氏」になります。
正直な感想は上品なお寺さんです。
遺構は裏手に土塁があるようです。
私、黒門と三門を見て満足してしまいました。すいません。
新年号、「令和」と発表されましたね。
私は昭和生まれなので3時代を過ごす事になります。
1370年頃築城された「庁鼻和城」。年号は応安でした。「深谷城」の築城は康正2年、1456年です。
約85年間「庁鼻和城」使用していた計算です。
なんと年号は約14回も変わってます!

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トリ

平成29年 (2018/02/13 訪問)

一昨年の2月、急にまとまった休みが取れた為今まで行った事すらない四国旅行を思い立ち、どうせ行くなら四国にある100名城に指定されてる9つのお城を周ってやろうと計画を立てました。
三日間で9つをまわるのは想像以上にハ-ドなものでしたが、一気に見てまわったおかげでそれぞれのお城の比較やが出来とても興味深いものでした。
そんな中でも1番のお気に入りは丸亀城。お城に辿り着くまでのひたすら長い急坂、息も絶え絶えでようやく登り着き、天守閣から眺めた四国の風景はいまだ色褪せることなく、くっきりと脳裏に焼き付いています。
帰りの電車ギリギリとなってしまい、慌てて登った高知城、一人用リフトで風に揺られスマホを落としそうになりながら周辺の写真を撮った松山城、一見お城には見えないけどそのこじんまりとした雰囲気が良い湯築城など、他にも思い出深いお城ばかりで、また同じルートで、今度はじっくりと時間をかけてまわってみたいと思わせるステキな場所でした。

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天下太平

金ピカ✨鯱は何個??? (2019/03/31 訪問)

「国盗り」の雄として登場した宇喜多直家の息子 宇喜多秀家が築城した岡山城は、大阪城を偲ばせる古式の天守。
天守閣には、およそ28個の金の鯱が光っている。
また、岡山城に行くには、岡山駅前駅から走っている「路面電車」で城下駅まで行くと良い。(岡山駅までは、新幹線などで!)

今は再建した天守だが、築城当時の石垣が本丸に展示されている。

先ほど話に出た城下駅から岡山城までは、「しろちか」を通って、綺麗な綺麗な川辺を歩けば着く。


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天下太平

宍道湖の隣松江城 (2019/03/30 訪問)

松江城は、国宝であり地上5階地下1階の内部が現存した天守である。
松江城に行くには、出雲市駅などから走っている「やくも号」で、松江駅まで行ってバスで大手門まで行くことができる。
大手門には、松江開府の祖 掘尾吉晴の像が立っている。また、堀川には、ぐるっと松江堀川めぐりが、堀川をぐるぐる回っている。松江城周辺には、歴史館や、武家屋敷がある。
日曜日には、まつえ武将隊がガイドしてくれる。
また、天守の高さは日本で2番目の超ビックな城!!!

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桑四郎

平成最後に行った城 (2019/03/23 訪問)

信長の最後の城…最高でした。

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りゅう

石垣 (2019/03/31 訪問)

陣屋とは言え、まるで城郭のようでした。

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カズサン

桜装う横須賀城 (2019/03/31 訪問)

 桜装う遠州路城巡り二俣城、鳥羽山城、諏訪原城、小山城、高天神城(歩行者天国で搦手側超満員入城できずで遠望),高田大屋敷と巡り今日の最後に横須賀城の桜探訪、桜はもう少し後かな来週中頃が見ごろか?

 天竜川の丸石で石積した特徴ある城郭です、西側の駐車場に止め登城、西の丸に上り本丸、天守台、丸石の石積階段を降り北曲輪に回り北側外堀駐車場のルート、外堀の南道路経由で帰路へ。

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カズサン

初登城 (2019/03/31 訪問)

 桜装う遠州路城巡りで諏訪原城、小山城、島田市南下し旧吉田町を西進菊川市の国指定史跡菊川城館群の一つで横地城がメジャーですが田んぼの中にポツンと立看板のみ10年経って文字も擦れてます。
 隣の古河神社の間に堀跡が微かに確認でき田んぼの中の微高地、城びとの3000城の探索で初めて知り今回探訪、ぐうグルマップで探索、菊川市のHPで検索し一発で到着。
 遠く小笠山丘陵の上に頭一つ雪を被った富士山が遠望出来ます。いい眺めです。

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カズサン

桜装う遠州路城巡り (2019/03/31 訪問)

 諏訪原城を探訪し南下して小山城へ染井吉野桜はまだこれから2本ほど3分咲の木の下では花見の家族が陣取って食事会やら宴席やら観光バスも入り賑やって居ました。

 ここも武田氏徳川氏攻防の城、模擬天守が建てられたそれなりの雰囲気、三重堀、三日月堀丸馬出が見物。

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カズサン

ビジターセンターオープン (2019/03/31 訪問)

 諏訪原城ビジターセンターが3月23日開設されたとの城びとの投稿、島田市のホームページで知り桜の情報があっちこっちで飛び交い本日遠州路桜装う城巡りとして早速諏訪原城へ、ビジターセンター、トイレ前の駐車場は満車、イレギラー駐車をセンターの方に話していざ登城。
 二の曲輪に山桜満開1本、本曲輪天守台横に山桜満開1本。

 武田氏徳川氏攻防の城、武田が造り徳川が改築、丸馬出が多く有り空堀の規模が大きく圧巻、日本に類無き土造りの逸品城郭です。
 杉等樹木伐採で曲輪、空堀が見やすく成って居り、北馬出の薬医門の復元、二の曲輪門の発掘調査で門跡発見、本曲輪門の発掘で門跡発見が有り夫々の復元門が待たれます、二の曲輪も茶畑から整地修復され、復元と保全整備、もう少し樹木伐採し景観見える化を進めて頂ければ嬉しい事です。
 終わりに掛けにビジターセンターを見学日本の城、諏訪原城の勉強に役立ちます、発掘調査遺物の展示、ジオラマ模型展示、こじんまりとしてますが発信基地として大切です島田市の頑張りが有りがたい城好きとしては大感謝です。

 諏訪原城の前は旧東海道が通ってましたがそのすぐ近く西側に石畳の東海道が菊川坂、金谷坂として復元されてます時間が有りましたら昔の旅人の思いにふけってみるのも一興かも?

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じゅんじん

現存陣屋門 (2019/03/24 訪問)

陣屋時代の門が残されていました。小学校には土塁もあります。あと石岡一高が甲子園出場の幟も。いい試合でした。

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じゅんじん

城郭復元 (2019/03/24 訪問)

なにかで小田氏は弱いけど生き抜いた戦国武将だと知って気になっていました。昭和末期に廃線となった筑波鉄道が見事にお城を真っ二つにしてたんですね。いまでは自転車道になっていますがお城を回避する形になっていました。そして主郭等土塁が復元されています。筑波山が見えていいところでした。

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モト

堀切、空堀、本丸跡 (2019/01/29 訪問)

栃木県の城址としては、そこそこの堀切、空堀などの遺構が残ってます。
今は確認できるはっきりとした遺構はだいぶ影を潜めてしまってきておりましたが、築城から廃城までは長い年月を利用されていたようです。
きっともっとはっきりとした遺構が残っていれば、迫力ある城址だったのではと想像してしまいました。
ですが、堀切などの城址の構成はなかなか雰囲気がありました。

城址までの道のりは、急な階段あり、軽い山道ありでこれもまたそこそこハードでしたよ。

追伸
皆さまの投稿をいつも楽しく拝見しております。
また、最近、少々投稿をサボってしまっておりましたが、私の拙い投稿を参考にしていただいているとのこと、ありがとうございます。
いやほんとにうれしい限りです。
皆さまの投稿、いつも城巡りの参考にさせていただいております。
これからもよろしくお願いします。

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甲賀の城密集地帯 杉谷 (2019/03/29 訪問)

杉谷川の広い谷あいの西側の丘に、東側の寺前城、村雨城と相対して立地し、谷奥を取り囲んでいる。南北に隣接する丘にも杉谷砦、杉谷城があり、このあたりの全ての尾根先端に城がある。 望月城の土塁は物凄い。南に隣接する望月支城の虎口に至る道は道路で破壊され切り立っており、望月城から土塁を登り降りしてアクセスするのが良い。
甲南駅前の売店にレンタサイクルがあるのだか、当日は、全部(2台)が既に出払っていた。甲賀の城密集地帯を巡るには自転車が良いと思う。私は、ウグイスの鳴き声や早春の草花を愛でつつ、十数キロ歩いた。

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朝田 辰兵衛

中条・鳥坂城散策 2/2(鳥坂城)を。 (2019/03/27 訪問)

越後には鳥坂城が2つ存在します。今回は,中条・鳥坂城のほうです。室町時代,江上館を平時の居館として,鳥坂城を有事の詰城としていました。この時の鳥坂城は,鳥坂山山頂の鳥坂古城と考えられています。戦国時代,江上館を廃し,鳥坂城の麓に羽黒館,宮ノ入館を築き,移りました。この時の鳥坂城は,白鳥要害(鳥坂要害)と呼ばれる,白鳥山山頂の鳥坂城と考えられています。
標高:298m,比高:260m。搦手に遺っている一の堀~五の堀が特徴的です。“白鳥公園ルート”で登ってくると,四の堀と五の堀間の三差路にアクセスします。
また,“白鳥公園ルート”上の洞穴では,ゴソゴソと音がしました。熊が寝ているのかな…と想像してしまいました。登城口付近では猿がキャッキャッと騒いでいました。

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