お城川柳
名古屋城金鯱誇るなごや人
名古屋の人は、この素晴らしい名古屋城の金鯱と共に生きているのだと感じました。
そして、その素晴らしい金鯱に触れることが出来たのです。
蔓延防止が発布されているのに、人の多さにびっくりしました。
また、千田先生の講演会では興味深いお話が聞けました。
家康は、信長や秀吉のように自分のお城のイメージの少ない武将です。
だから、家康は石垣を造ることは出来なかったとの評価がまかり通っていたのです。
しかし、駿府城に家康が天下人となった慶長期の石垣と共に秀吉が天下人だった頃の天正期の石垣も見つかっていることから家康もかの二人の天下人と同様にその当時から石垣も造っていたのだ。
また、近世城郭では算木積みが主流を占めておりますが、天正期から慶長期の間は算木積みと重ね積みを併用していたことが分かっていています。
それは、三武将のお城とも同じなのであります。
三武将以外の武将たちのお城も同じような傾向だと推察されます。
名古屋のシンボルとなっている金鯱
なごや人の自慢なんですね。
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