武田信玄の資金源となる「御蔵」が置かれた場所だがもともとの由来がわからない巨大な館。発掘成果は15世紀前半で近くの清白寺仏殿は1415年完成。1413年に没した甲斐守護・武田信春の館と考えるのが最も自然だろうとは思う。
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2021/11/09 22:10
この巨大な館に誰が住んだのかがわからないという (2021/08/29 訪問)
武田信玄の資金源となる「御蔵」が置かれた場所だがもともとの由来がわからない巨大な館。発掘成果は15世紀前半で近くの清白寺仏殿は1415年完成。1413年に没した甲斐守護・武田信春の館と考えるのが最も自然だろうとは思う。
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2021/11/09 20:01
豊臣秀吉が一日で築城した城! 稲葉山城の拠点に! (2021/10/02 訪問)
墨俣一夜城は豊臣秀吉が一夜で築城した城です。当時信長はどうしても欲しかった美濃を支配するために稲葉山城を攻め落とす必要がありました。そこで、築城が大好きな豊臣秀吉に墨俣一夜城を築城させ、稲葉山城攻めの拠点となりました。豊臣秀吉像もあります。
すみません。写真が見当たらないので御城印だけ投稿します。
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2021/11/09 18:23
2021/11/09 11:36
【再更新】沖縄県中城村のふたつのグスク(城) (2021/11/09 訪問)
以前掲載させていただいた画像内容に修正がございますので、再掲載させていただきますm(__)m
中城村護佐丸歴史資料図書館で過去に開催した、
★『中城城跡新たな発見』
★『もうひとつのグスク 中城村の新垣グスク』
ふたつの企画展を、沖縄県立博物館・美術館で開催することになりました!
中城グスクと新垣グスクにおける発掘調査から、新たに分かった事実を紹介すると共に、両グスクに関する資料を
あわせて公開いたします。
________________________
期間:2021年11月30日(火)~2022年1月10日(月)
開催場所:沖縄県立博物館・美術館
入場料:常設展示室 大人530円 高大生240円 県内小中高生無料
*常設展示室〈歴史部門〉「中城城跡展」→有料
*エントランスホール「新垣グスク展」→無料
________________________
◆展示解説会◆
日時:2021年12月26日(日)
場所:沖縄県立博物館・美術館
・午前の部:10:00~11:30
(解説者:中城村教育委員会 渡久地真)
・午後の部:13:30~15:00
(解説者:中城村教育委員会 新城卓也)
【お問合せ先】沖縄県立博物館・美術館
098-851-5401 担当:山本
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2021/11/09 06:53
県内の城めぐり・その10 (2021/10/09 訪問)
杖突峠を越えて伊那盆地に下りていく途中で立ち寄りました。獣よけゲートの奥にかなり新しい徒歩12分の表示が立てられていたので攻城は許されるのではないかとも思うのですが、その右隣に大きな入山禁止の看板が立てられていましたので、攻城を断念しました。このあと、五郎山に立ち寄って傷心を癒やしました。
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2021/11/09 04:16
大学生の卒業旅行 (2010/03/03 訪問)
ホエールウォッチングの翌日に訪れた。瑞泉門に来た跡後、瑞泉酒造で泡盛の試飲をさせていただいたのを覚えている。
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2021/11/08 23:15
2021/11/08 22:51
23区内の遺構を廻る① (2021/11/06 訪問)
東京都の文化財ウィークに合わせ、23区内の遺構が残る城を廻って見ました。
今回は江戸城や品川台場以外で。
まずは志村城。
地下鉄の志村三丁目駅から徒歩で数分の志村城址公園の背後が城跡となります。
主郭は小学校とマンション、二郭には熊野神社が建っています。
三郭には企業。
こんなところでも遺構が残っていました。奇跡的!
熊野神社の本堂西側に進むと住宅地との間に空堀があります。
だいぶ浅くなっていますが。
ロマンを感じざるを得ません。
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2021/11/08 22:35
於曽に住む有力武将の屋敷で間違いはないが (2021/08/29 訪問)
屋敷地内からは11~12世紀に遡る可能性のある遺物も出ているらしい。屋敷主の名は明らかではないが武田氏一族の加賀美氏系於曽氏や板垣氏が於曽を領していたことが知られ、彼らの屋敷として長く用いられていたのだろう。
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2021/11/08 21:36
天下人、三好長慶の居城 (2021/11/07 訪問)
下剋上で足利将軍をしのいで天下を支配したと言わしめた戦国武将が絶頂期に築いた山城。
標高314mの飯盛山は南北に細長く急峻な山容だが、その山頂部に石垣を築いていると知り、念願の登城となった。
最寄りのJR四条畷駅に石垣ガイドブックがあってテンションがいよいよ高まる。駅から歩いて本郭まで直行して1時間程度か。丁度休日だったためハイカーが非常に多く、藪のなかに入り込む私を変人と見るような視線が痛かった。
3時間ほどあちらこちら石垣を探索するという至上の時間を過ごしたが、ガイドブックに記載されていて最も興味を引いた二つの石垣には立入厳禁で遠くから見るだけに終わり至極残念。確かに急峻な斜面に築かれていてその建築技法に興味もわいた。
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2021/11/08 21:34
人生二度目の城、だっけ? (2012/09/09 訪問)
学生時代、友人と行った記憶があります。当時は確かエレベーターにのって鯱見たかなぁ?何かの折にまた行けたら、ひつまぶしを食べるのと天守閣のシャチホコは見に行きたいですね❗️
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2021/11/08 21:29
月曜日は資料館系は休みが多いのか😅 (2021/10/23 訪問)
人生二度目のローカル城跡。町中に急に出てきてビックリといったカンジ?
資料館や売店もあるようですが、お休みの日もあるので、調べてからいらっしゃることをお勧めします。
敷地内には忍城のある行田市から分けてもらった蓮があります。また、非常に綺麗な公園でした。
個人的には休憩所の「ゴミを持ち帰ってください 」という意を示す札が面白かったです😁
また、「曲輪」についての解説を見て「こうやって少しずつ知識が増えていくと、お城も楽しくなってくるのかなぁ」と思った秋なのでした🌰
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2021/11/08 21:10
人生4つ目、初めての観光地でないお城 (2021/10/25 訪問)
ある意味、忍城より思い出深いかも🤣
公園+お城跡というセットを初めて体験した公園でした。城山神社側から行くか、滝の城跡公園側から行くかの二択になります。私は公園から行きました。
公園内のマンホールに説明が書いてあり、そこで初めて太田道灌の名前を検索しました。
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2021/11/08 20:53
のぼうの城 (2021/10/15 訪問)
人生最初の自転車旅行には、原作と映画で見た此方に来ようと思っていました。ノープランでここに来たので、展示を見ながら行田について知り、折角だからと回ることにしました。
水城公園→忍城→古代蓮の里→古墳群→石田堤というコースでした
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2021/11/08 20:46
紅葉見物がてら (2021/11/08 訪問)
季節の樹木が楽しめる公園ですね。
他の方の投稿やサイトの説明を見ながら回りました🤣
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2021/11/08 20:38
石田堤史跡公園 (2021/10/15 訪問)
忍城に行った帰りに寄りました。公園にはおトイレもあります。また、大河ドラマの俳優さんの声を聞けるモニュメントがあったのですが、私は聞き方が分からず、ウロウロして諦めました🤣
忍城を見に行くなら、やはり欠かせませんよね❗️
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2021/11/08 18:35
王城山城(天王山城)に行ってきました (2021/11/07 訪問)
謎の山城ともいわれる王城山城(天王山城)に行ってきました
ここは神奈川県中郡大磯町大磯の釜口古墳の近くにある城です。
(詳しい住所がなくてすいません。なのでGoogleマップで釜口古墳と検索すると出てきます。)
この城は最初言った通り謎の山城で、
築城者、築城年代などのほぼすべての情報が、わかっていない城です。
さらに、行ったのが秋のため、前の衣笠城 (2021/10/24 訪問)の蜂事件いらい、
(詳しくは、ろくべえのサイトの衣笠城の投稿をご覧ください。)
奥には進みにくく、城の入口でギブアップし行きませんでした。
聞いたのですが、主郭には明治天皇観漁記念碑があり、
遺構は堀や土塁らしいです。次回また行き、詳しく調べたいと思います。
〔城情報〕
・築城年代 |室町~戦国?
・種類 |山城
・築城者 |?
・主な城主 |?
・主な遺構 |堀、土塁
・看板、石碑 |?
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2021/11/08 18:10
2021/11/08 17:39
ご隠居の政務のための城 (2021/09/08 訪問)
静岡駅から徒歩約15分。静岡県庁が城内にある駿府城を訪問しました。
城内には、今川氏が主であった駿府館の跡があり、この地が長らく駿河(現在は静岡)の中心であったことが偲ばれます。
事前学習が不十分であり、駿府城が二条城に比肩するような政務のための城であることを知りませんでしたが、平城であることから、要害の地というよりも、城下町の発展に適した場所に位置し、大規模な天守閣、堅牢な石垣、格式ありそうな櫓門が、この城の性格を表しているように思いました。
現在実施中の天守台跡の発掘作業の様子も見ましたが、豊臣時代と徳川時代では明らかに石垣の積み方が異なり(和歌山城みたいです)、両者の比較ができる点に興味深さを感じます。
見所の一つは復元された東御門とこれに連結する巽櫓ではないかと思います。この巽櫓の内部に入るにはチケットを購入しなければなりませんが、このチケット売り場では御城印を販売しています。
この巽櫓内部の展示で面白かったのが、江戸時代初期の大御所政務の時代とその後の時代の本丸御殿の推移です。大御所がこの地を去ってから、大御所を支援するスタッフが駿府を去り、この城が幕府における政権の中枢の一つではなく、駿河地域の地方を統治するためのローカルな政庁と性格が変わったため、政務を執る場所であった御殿が徐々に縮小していった経緯が良くわかりました。
明治時代に水戸からこの地にやってきた徳川慶喜は、祖父伝来のこの地・この城でどのようなことを考えたのかと思うと、貴人情を知らずと一概に言い切ることはできないようにも思います。
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