長方形の曲輪に腰曲輪が全周しています。
比高70mの小規模な城郭です。わきの道路に路駐して登城できます。
諸説あるうちで、木曽義仲の第二子が築いた。というのが面白いですね。
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2021/10/13 18:23
2021/10/13 15:45
コロナウイルス解除開け初登城、素晴らしい崖城です (2021/10/09 訪問)
何時もの登城通り車で2泊3日の群馬県埼玉県未踏の城廻りで武漢コロナウイルス5波緊急事態宣言、蔓延防止規制措置が9月末に解除され、昨年10月の越後出羽陸奥、11月の九州未踏の城廻り後、年明けの4月5月に廻ろうと群馬県埼玉県の未踏の城をリストアップ、城びとの行きたい城にチェックを入れ管理して居ました。
やっと行けると群馬県の北部、名胡桃城の4,5km程北に在る小川城を目指し初登城、高速代を節約の為深夜割引を利用して朝4時前に新東名から関越月夜野IC10時半過ぎ降り国道17号線、途中に名胡桃城前を通り国道291号線に入り上越新幹線「上毛高原駅」近くの小川城に到着赤い幟もはためき直ぐ分かります。
駐車場は有りません、国道291号線に面してます、歩道の低く成ってる本丸入口に1台ギリギリ駐られる。
本丸と二の丸が国道291号線で分断され、本丸は東利根川方向に掘り切られ本丸、ささ郭、崖が利根川に注ぎ足もすくむ断崖です、南北に沢が流れ崖状で防御、西山手に分断された二の丸、現在ソバの白い花が咲き綺麗です。
二の丸、三の丸の境辺りに真田伊賀守陣屋跡の説明板と石の祠が有ります、本丸登城口に説明板掲示板が有りますがパンフレット箱は有りません、名胡桃城案内所で聞いたところ上毛高原駅の観光案内所で入手できるとか。
本丸空堀の深さ草刈り整備の良さが見所です、本丸北側に東屋、土塁、一部石積が見られます、中々の山城、西からは平城、東からは断崖絶壁の山城です。
名胡桃城から4、5kmの近くに在りながらなぜ寄らなかったのかと思った次第、優先度が違ってたのでしょうか?
歴史的には明應元年(1492年)沼田荘田城主沼田氏が西の備えとして小川城を築城し小川沼田氏は小川氏を称し4代続くが断絶、上方牢人赤松氏が文武に優れ頭角を現し後に入道し小川城を継いで小川可遊斎と名乗り5代城主に成る、越後上杉氏の侵攻、甲斐武田氏家臣真田氏の侵攻、後北条氏の侵攻、秀吉裁定に由る小田原征伐、後北条氏滅亡後、真田氏に返される、寛永15年(1638年)4代沼田城主真田信昌、この時より真田伊賀守が小川城3の丸陣屋に沼田城主になるまでの18年間、母慶寿院と居住、明暦3年(1657年)真田伊賀守信澄(信利)が5代沼田城主と成る、これ以降の小川城は空き城と成る。(パンフレット抜粋)
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2021/10/13 11:35
2021/10/13 06:32
県内の城めぐり・その6 (2021/09/25 訪問)
私にとって第2の故郷と言える立科町は中山道の芦田宿がありますが、宿場の南には芦田氏の居城・芦田城があります。芦田氏は依田信蕃につながっていて春日城に居城を移します。20代前半をこの地で過ごしましたが、この城はノーチェックでした。とりあえず、攻城前にたてしなっぷるのシードルをお土産に購入。道の駅で立科牛の焼き肉重を昼食に頂いてから芦田城へ。大きな看板も展望台もかなり古びてしまっていますが、芦田城を守る会はあるようなので主郭を中心に荒廃してしまっている感じはありませんでした。古風な山城の佇まいを楽しむことが出来ました。この城の攻略後、権現の湯を利用。この温泉からの浅間山の雄大な眺望は一見の価値があります。
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2021/10/12 23:41
2021/10/12 21:51
2021/10/12 20:32
2021/10/12 20:11
2021/10/12 19:52
2021/10/12 19:39
備中松山城Ⅲ 三の丸 二の丸 本丸 天守閣 (2021/10/08 訪問)
立派な石垣です
本丸に入城し、【ねこ城主 さんじゅうろー】に会うには、入城料が必要です。料金支払い所に、御城印とさんじゅうろーの御城印も売っていました。
ここで、さんじゅうろーの居場所を訪ねると、「その辺にいます」とアバウトな返答。本丸に進むと、真ん中に鎮座していらっしゃいました。
日光を浴び、黄金色に輝いておられました。それから、毎日、さんじゅうろーの情報をネットで追っています。
天守閣の内部の写真も、投稿許可 頂けました。
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2021/10/12 19:35
ザリガニと水戸街道。 (2021/05/04 訪問)
千葉氏一族の高城 胤忠・胤吉 親子が築城した「根木内城」。
高城氏が「小金城」にお引っ越しするまでの間、「根木内城」か本城でした。
現在は『根木内歴史公園』として整備されてます。
公園には車が10台弱、停められる駐車場がありました。
とはいってもGW中のせいか、満車。駐車するのに少し待ちました。
公園には沼地があり、かつて湿地が天然の要害になっていたのかもしれません。
そして、満車も納得。たくさんの親子連れがザリガニ釣りを楽しんでました。
ちょっとザリガニ釣り、やってみたい。いやいや城攻めが目的だし、、、。とザリガニ釣りを見学。
何しに来たのか思い出し「根木内城」に出陣です。
公園の回りは住宅街でしたが、公園内は森林浴+お城跡を散策できるようになってます。
空堀や高い土塁が残ってて、散策路が整備されてるので見逃しませんよ。
「根木内城」の奥(?)は水戸街道で分断されてます。
水戸街道の歴史は江戸時代の初期でしょうから、街道も「根木内城」を分断してしまったのでしょうか?
廃城してても、これだけ遺構があったら通行しにくいと思いました。
昭和になって、水戸街道=国道6号で、スパッと破壊してしまったのかな?
「根木内城」は街道と宅地化で分断されてしまいましたが、今は子供も大人も楽しめる公園です。
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2021/10/12 19:11
2021/10/12 18:48
小泉城 (2021/07/25 訪問)
【小泉城】
<駐車場他>駐車場はなし。
<交通手段>阪急西院駅より徒歩
<感想>JR・京阪・阪急 3電鉄利用の旅6城目。小泉城の城びとポイントは現在はスーパーフレスコになっており遺構は残されていません。グーグルの小泉城ポイントの近くには関係ないとは思いますが地蔵堂があります。私も一応北東側にある春日神社にて参拝を致しました。春日神社には参拝者用の駐車場が神社西側あります。
<満足度>◆◇◇
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2021/10/12 18:34
山県氏(武田勢)vs飯森(上杉勢) (2021/10/09 訪問)
武田勢vs上杉勢の舞台となった山城です。
北安曇ともなれば10月初旬でも山城を楽しめるかと思ったのですが、
少し早かったようで、まだ草がしげって蜘蛛の糸が邪魔でした。
登城口に駐車スペースがあり看板もあるので迷うことはありません。
主郭の上に山頂があり"首隠しの洞穴"といった小さな穴があります。
南の尾根筋に平場、土塁、穴等複雑な遺構があります。
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2021/10/12 10:05
1年ぶりの彦根城 (2021/10/08 訪問)
昨年開催された「出張!お城EXPO in 滋賀・びわ湖」の際に訪れて以来の訪城。今回も「出張!お城EXPO in 滋賀・びわ湖 2021」の前日に行ってきました!
平日だったことと、緊急事態宣言などが解除されたばかりとあって、人はまばら。天守は、各階ほぼ貸し切り状態でした。ですので、いつもはなかなか撮影できない、急な階段を撮影! 「75度くらいありそう!」なんていいながら、へばりつきながら登りました。でも、のぼりよりも下りの方がもっと怖い。これを袴を着て登ったり下ったりしたのかと思うと、、、。
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2021/10/12 08:50
埋められた堀切? (2021/10/10 訪問)
明智城の西端に埋められた様な堀切を見つけました、明知城址の南側を団地として開発するときに埋められた様です、幅8m、深さ5m位あり、下部は竪堀状になっていました、自然な地形なのか素人では分かりませんが、夢を一つ見つけました、登山道具など無いと入山は危険です。
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2021/10/11 21:28
一体何を争っていたのだろう (2021/07/18 訪問)
海防のために築かれながら一般に天狗党の乱として知られる水戸藩内の内紛に巻き込まれて灰になってしまったのだが、それにしても当時の水戸藩内はほぼ攘夷で固まっていたのに何を争ってあんなに真剣に戦ったのだろうか。
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2021/10/11 18:47
2021/10/11 18:34
思いのほか登山の山城 (2021/10/09 訪問)
京極氏館から上平寺城へ登城。予想以上の登山に近い登城でした。
朝から賤ヶ岳砦、横山城と登城し、3つ目の山城。最後の上平寺城が当日一番の山道でキツイ登城となりました。
どちらかと言えば本格的な登山道に近い登城道を延々と登り、さすがに足の疲れもピークで心も折れそうになった頃、「竪堀」の表示が見え、そこからは畝状竪堀や曲輪、土橋に虎口、切岸、堀切など遺構が続いて現れ、遺構を見ながらの登城で心もすっかり立ち直り、一気に主郭までたどり着きました。弥高寺跡まで行こうと思っていましたが、上平寺城の主郭を廻った時点ですでに15時20分頃、16時までには下城しないと山の日没は早く、暗くなると思い断念。また今度、チャレンジします。
登山途中に広がる上平寺城の遺構は良く整備されていて、地元の方のご尽力に感謝申し上げます。
山麓の京極氏館と山上詰城の上平寺城とも見応えのある遺構でした。
駐車場も登山者向けに伊吹神社の手前に用意されていて、こちらも感謝致します。
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2021/10/11 18:04
横山城と石田の里 (2021/10/09 訪問)
石田会館の駐車場をお借りして車を置き、日吉神社の登城口から登りました。
途中に土塁跡があり、主郭(山頂)から伊吹山が目の前に望め、ここからの伊吹山は絶景です。
山頂には横山城の説明板があり、その歴史が説明されています。
主郭(北城)から平和の鐘のある南城を過ぎ、展望まで行きました。その途中に観音寺下山道と分岐があり、観音護国寺へ向かう道だと思いましたが、駐車場の石田会館まで下りてから歩くのが大変と思い、日吉神社へ下り戻りました。
石田会館の周りは石田三成ゆかりの場所が幾つかあり、日吉神社へ行く途中に巡りました。
下城後、観音護国寺へ移動してお参り。ここには広い駐車場があり、ここから登城している方も多いようで、何台か駐車されていました(山頂で会った方が下りていました)。
観音護国寺の駐車場に駐車しての登城が駐車場から歩く距離が少なく、お勧めでした。ただ、土塁などの遺構を見たい方は、主郭から日吉神社側へ少し下りることが必要です。
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