四日市市街の北のはずれの丘陵上にある萱生城は、鎌倉時代からこの地の地頭職だった春日部氏の居城です。
伊勢平氏だったこの氏は、その後に武蔵春日部氏(埼玉県春日部市)との縁が有った様で、春日部氏を名乗ります。
戦国時代には、北畠氏や長野氏、関氏などと並んで“伊勢六人衆”のひとつに称されていますから、そこそこの勢力を持っていた様ですね。
その本拠地の萱生城ですが、日本城郭体系によると、平山城ながら東西700m、南北300mもの平坦地を山上に持ち、家臣団屋敷も取り込んだ一体型の城だった様で、北伊勢髄一の威容を誇ります。
山上には大堀切が走り、本丸には石積みの天守曲輪も有った様ですが、残念なことに先の大戦後に学校用地として開発された為、殆どの遺構が失われてしまいました。
現存遺構としては、井戸跡などが確認されていますが、山裾を歩いたら切岸痕が確認できるので、それなりに遺っている可能性は有りそうですね。
是非とも登って肉眼で確認したいところですが、訪問時点での城址は女子高校なので、カメラを持って入り、バシャバシャ写真を撮ってるとパトカーが来るのは必至です(^-^;
鎌倉の玉縄城址状態ですね。
やむなく周辺を撮った写真を添付しますが、聴くところによると近年に共学になった様で、ハードルは幾分下がっている様です。
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