県内の城めぐりシリーズ、掉尾を飾るのは上ノ平城。説明板のある見晴らしの良い平原にも空堀がありますが、なんと言っても見所だと思うのは一の曲輪の空堀。ぜひ、お見逃しのなきよう。
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2021/11/21 19:26
2021/11/21 18:16
城内はグルグル (2021/11/21 訪問)
まずは砺波市埋蔵文化財センターへ。スタンプを押せるほか、増山城へのアクセス情報も得られます。御城印もここで手に入るようですが、きょうは、閉館のため入手できず。
増山城はとにかく見通せない構造。どこを歩いているのか、さっぱりわからないうちに、前方や側方の土の壁の上から狙われていることに気付くという、なんともイヤな城でした。
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2021/11/21 17:49
レンタサイクルで天を衝く (2021/11/20 訪問)
小説「天を衝く」の九戸政実の九戸城。二戸駅からレンタサイクルで15分ほどで着きます。
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2021/11/21 15:25
2021/11/21 11:39
会津の蘆名氏のルーツ。 (2021/11/07 訪問)
ドライブついでに寄った「芦名城」。
車での攻城、おすすめできません。道も狭く駐車できる所もありません。
源 頼朝さんの挙兵に加わった三浦 義明さん。
義明さんの弟、為清さんが「芦名城」を築きました。
為清さんは芦名を称しました。
んっ?芦名氏?
芦名氏と言って思い当たる会津の蘆名氏。
蘆名氏のルーツをたどると三浦 義明さんの7男が会津の蘆名氏の初代でした。
この日の湘南→鎌倉→葉山→横須賀は、ずっと渋滞。
とはいっても、観光名所が多いので、土日祝日いっつも混んでます。
海岸線から少し山側に入った『横須賀市立大楠小学校』が「芦名城」の跡地です。
車を小学校の正門前に停めて写真を写し移動しました。
斜向かいに、研修センター芦名荘があり高い所に建物があるようです。「芦名城」を検索すると、詰めのお城はこちらなんだそうです。
小学校前の階段を下りると「芦名城」の城址碑があるとの情報があります。
高低差がハンパないです。
「芦名城」は切りだった山と海の中腹にある感じです。
城址碑に続く階段を探しましたが、車でグルグルしても見つかりませんでした。
ちなみに、次の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に登場する、和田 義盛さんは、三浦 義明さんのお孫さんです。芦名城主の芦名 為清さんとも親戚かぁー。
「芦名城」でるかな~?
来年、鎌倉周辺は今以上に盛り上がる事、間違いなさそうですね。
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2021/11/21 07:53
足がすくむぅ~(;'∀') (2021/10/30 訪問)
伊賀上野城は上野盆地のほぼ中央に位置している標高184m程の丘に建てられた梯郭式平山城です。大和郡山城から伊賀に移封となった筒井定次が天正伊賀の乱で焼け落ちた二木古館跡に築城したのが始まりとされています。
しかし、筒井定次が島左近などの重臣に出奔され、失策の多いのを理由に領地没収されたのちは、伊予宇和島から築城の名手とされる藤堂高虎が伊賀に入国し、大阪城包囲網の一つの城として改修がなされています。(筒井時代は大阪を守るための城でした。)
現在は、上野公園として伊賀流忍者博物館・芭蕉翁記念館などが建ち、観光地として人気を集めています。遺構としては、日本1、2と称され30mを誇る高石垣(大阪城本丸東面が32mとされる)・堀などが残り、昭和10年に建てられた模擬天守が伊賀市民より親しまれています。
3回目の攻城となる伊賀上野城の見所(私見)は、何と言っても30mを誇る高石垣です。石垣の最上部から堀を眺めると、足が竦んでしまいますが、怖いもの見たさで二度三度みてしまいます。また、三層の天守閣が優美・華麗な姿を誇り見所の一つとなっています。
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2021/11/21 02:27
高所トレ&身体能力の衰えの確認で。 (2021/11/20 訪問)
標高:705m,比高:320m。中級登山者レベルだと思います。
コロナが長引いて,標高:500m超過はホント久しぶりでした。歩いていると空気の薄さも感じるようになりました。ただ,不安要素は,しばらく前から攣るようになった右足のふくらはぎで…。案の定,油断してたら登城終了目前の下山中に,右足を枯葉に滑らせてしりもちをついてしまいました。右足はひざから下が筋力低下しているのかな…と。
さて,水久保城ですが,JR只見駅に推定復元図が掲げられており,駅舎内には「登山&トレッキングBOOK」が置いてあります。ここの中の要害山が水久保城に該当します。登城ルートは三つ。瀧神社から登る宮ノ沢(一服尾根)登山口ルート,三石神社付近から登る南尾根登山口ルート,只見高校北側からの北尾根作業道です。
私は,南尾根登山口から登り,宮ノ沢登山口で下山しました。どちらも,所要時間は約50分。
どちらも尾根をグイグイ登っていくルートで,両脇断崖状態も何回か遭遇します(←そこは写真撮ってる余裕ナシ)。
高所恐怖症の方は避けたほうがいいと思います。
というのも山頂部は、福島テレビ,NHK,電源開発の無線中継局舎が建設されており,機器搬入のためか妙にフラット化されている感じが否めませんので…。
ただ,南尾根沿いには物見台だろうな…というところはありました。
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2021/11/21 01:23
宮城県では外せない城へ (2021/08/10 訪問)
きっと東北でも有数のきれいな天守が建っている城跡だと思います。
天守が残らない空堀や土塁などのわかりにくい城跡が大好きな私ですが華やかで綺麗な天守をやっぱり良いですよね。
伊達政宗公の重臣である片倉景綱のお城ということもあり、歴史的にも重要なお城。
駐車場から天守を見ながら石垣を眺めながら進むみます。
門と城壁と天守の感じが雰囲気満点です。
続百名城は伊達じゃない?!という感じですかね。
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2021/11/21 00:15
その3・石積み模型 (2021/10/31 訪問)
鶴の丸休憩館前の石積み模型。“切石積み”“粗加工石積み”“自然石積み”という呼び方をしています。ここは前回訪問時はスルーしたみたいで見た記憶がありませんでした。
金沢城内には様々なタイプの石垣がありますが、明暦の大火の後に再建された江戸城天守台は加賀藩4代藩主前田綱紀が普請を担当しており、江戸城の見慣れた石垣とリンクする石垣を金沢城内で観察するのも楽しかったです。
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2021/11/20 22:54
幻の石垣? (2021/11/20 訪問)
今年は雨が少なくて琵琶湖の水位が下がり、坂本城の石垣が出現したので見に行ってみました。普段は水に浸かっていて見えない石の列が良くわかります。石の下にある胴木も見えました。当分の間水位は戻りそうもないので、空気に触れた胴木が痛まないか心配しています。
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2021/11/20 22:29
2021/11/20 22:29
周辺が大きく削られているのが痛々しい (2021/09/02 訪問)
丹波亀山藩主として明治を迎える形原(かたのはら)松平家はもともと今川氏との結び付きが強かったが人質を犠牲にして松平元康の元に参集したという。稲荷神社となった主郭の一部を残して周辺が大きく削られているのは痛々しい。
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2021/11/20 22:17
2021/11/20 22:04
2021/11/20 15:21
南北朝時代の太平記の舞台となり、戦国時代の遺構が残る城 (2021/11/13 訪問)
南北朝時代の太平記の舞台ともなり、1356年に紀伊守護で北朝方の畠山義深によって築かれたと伝わります。
戦国時代には秀吉の紀州攻めの際、抵抗する為に使用されたのではともされます。
西側麓の高積神社下宮から、高積山にある高積神社上宮へは結構上まで舗装された道がありますが、細く急坂で小型車の4WDでないと厳しそうです。
高積神社上宮から南へ尾根続きにある城ヶ峯山頂が城跡です。
尾根の真ん中に城跡の南北に低い土塁が長く繋がっていますが、城の遺構ではなく江戸時代の村の境界土塁とされます。
城跡は主郭がある曲輪群と南側の曲輪群があり、一城別郭のようでもあります。
主郭は藪ですが周辺は堀切、石積、横矢掛り、竪堀、土塁など戦国時代を思わせる城でした。
特に北東側の土塁が出っ張った横矢掛りがテクニカルで石積も伴いカッコよかったです。
南側の曲輪群へ繋がる尾根には3本の堀切があります。
南側の曲輪群は藪が酷かったです。
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2021/11/20 15:03
名護屋城の陣屋の数
名護屋城の陣屋の数は約130以上と言われてきましたが、今、名護屋城博物館のHPには「現在150あまりが確認されています。」と表記されています。11月14日行われた城郭検定2級の解答を見ますと約150が正解となっています。
この間、130から150になった経緯をご存じの方はご教示ください。
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2021/11/20 11:55
イオさん正解です、回答ありがとうございます!
滋賀県の十兵衛屋敷は明智光秀の生誕地とされています。
大垣市の多羅城はどこかわかっていませんが、一般には西高木家陣屋跡の場所とされています。僕が行った時は近くにたぬきがいました。ぜひ行ってみてください。フォローしておきます。今そちらの投稿を見ましたが、明智光秀のゆかりの地に寄っているようですね。僕も明智光秀大好きなので、投稿楽しみにしてます。
また、もしよかったら下記のURLから僕の作った問題に挑戦してもらえると嬉しいです😊
https://kentei.cc/k/1572626
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2021/11/20 11:29
2021/11/19 23:48
松平元康(徳川家康)が駿府から妻子を取り戻すきっかけをこしらえたお城 (2021/09/02 訪問)
熊野別当の一族で旧三重県鵜殿村を苗字の地とする鵜殿氏の居城。鵜殿長照は今川義元の甥っ子で桶狭間後に松平元康と死闘を演じている。長照の子を生け捕ったことで元康は駿府から妻子を取り戻すことができたわけだ。
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