(続き)
立入屋敷を抜けて西に進むと北側に堀切があり、その先に松永屋敷の西側を平行して北にのびる尾根(仮に北西尾根とします)の曲輪群が続いています。堀切は切通道になっていて、松永屋敷から直接来ることもできるようです(たぶん)。堀切を越えて北に少し行くと二条目の堀切があり、その先の曲輪の北下に三条目の堀切があります。堀切の東端は竪堀になって続いていますが、下の方は藪で見通せませんでした。堀切の北側は自然地形の緩斜面になっていて、その先に北西尾根で最大の曲輪が南北に広がり、西辺から北辺にかけてを低い土塁で囲んでいます。北辺の土塁の下は高さのある切岸になっていて、下りて行った先の北端の曲輪でビニールテープを目印に東下に向かうと斜面に石垣が遺っていました。
西尾根には多くの段曲輪が設けられていて、高安山からの登城道の虎口や土塁があるようですが、あまり整備されておらずよくわかりませんでした。
立入屋敷に戻って今度は北東尾根に向かいます。説明板の縄張図に「水の手」とある谷の向こうの尾根沿いに階段状に小曲輪が設けられており、何段か下りてみましたが、こちらは全くの未整備で特に目ぼしいものは見付けられませんでした。さらに帯曲輪を南に進んで東尾根へ。こちらも段曲輪が三段ほどあるだけだったので、戻ろうと切岸をよじ登っていると石積み(らしきもの)を発見。遺構かどうかはわかりませんが、灌木と藪をかき分け、切岸を登り降りまでして見つけたので遺構と思いたいところです。
…ということで、見落としはあるものの何とか全ての支尾根を探索できましたが、登城開始から3時間あまりが経過し、次第に日が傾いてきていたので少々焦りました。ただ、信貴山城を満喫した分、朝護孫子寺をじっくり見て回る時間がなくなったため、お参りはまた今度にしてそのまま帰途につく羽目に。…って、寅年だから朝護孫子寺にお参りに来たんとちゃうんかーい!(笑)
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