こばなわじょう

庁鼻和城

埼玉県深谷市

別名 : 国済寺館
旧国名 : 武蔵

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todo94

ピロリ除菌服薬の余波による日帰り埼玉の城めぐり④ (2025/12/21 訪問)

日尾城からの転戦です。2022年1月2日の攻城では、物見櫓跡の説明板のみのチェックにとどまっていました。今回は国済寺の土塁をしっかりと拝むことができました。物見櫓跡に加えて、大手門跡の説明板にも脚を伸ばすことができました。車は買い物をしてヤオコーさんに駐車させていただきました。弁当用のミニトマトは最初から購入予定でしたが、4kgで税抜き3000円を切る特売のあきたこまちも購入することができました。うちの近辺ではとても考えられない低価格ですので非常にラッキーでした。このあと、献血前にガソリンも給油しましたが、これもリッター140円ちょうどの安価でした。

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しんちゃん

上杉陸奥守憲英 (2024/05/05 訪問)

庁鼻和城は国済寺と日吉大社の周辺一帯に築かれていたようです。上杉陸奥守憲英の嫡子・庁鼻佐馬助憲光が居住していたとされ、この頃にはすでに居館が築かれていたようです。国済寺は憲英が峻翁令山禅師を請じて開山としたとされ、境内には憲英公の墓と、土塁の一部が残っています。
寺の北方にも長さ135mほどの土塁が残っているようなのですが確認できていません。情報は城郭大系からだし、まだ残っているのかな?

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肉球

土塁 (2024/04/08 訪問)

山内上杉憲英によって築かれたお城のようです。
跡地には憲英氏の菩提寺国済寺があり本堂裏手には
土塁が残っています。

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イタさん

遺構は本堂裏に僅かに残る (2023/06/07 訪問)

国済寺の境内が城跡になる。黒門(総門)・三門は市指定文化財、裏に上杉氏歴代の墓所がある。説明板には13世紀末、関東管領の上杉憲顕が新田氏を押さえるため、六男・上杉憲英に館を築かせた。以後3代にわたり居住。一辺170メートルの方形で、外郭を含めると28ヘクタール(東京ドーム20数個以上か)ある。康応2年(1390)に高僧峻翁令山禅師を招いて館内に国済寺を開山する。本堂裏には築山と土塁が残っています・・・。

館としての遺構は本堂裏に土塁と土塁状の築山が残る程度。庭の手入れ中で築山近くに寄れなかったが、北側のスーパー境に残る土塁より高い。築山の北側に窪んだ地形があり、堀跡ではとの意見もあるが、築山に伴う池ではと想像する。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 上杉憲英
築城年 室町時代
主な城主 庁鼻和上杉氏
遺構 曲輪、土塁
指定文化財 県選定重要遺跡(庁鼻和城跡)
再建造物 碑、説明板(国済寺)
住所 埼玉県深谷市国済寺(国済寺)
問い合わせ先 深谷市教育委員会生涯学習課文化財保護係
問い合わせ先電話番号 048-572-9581