庁鼻和城は国済寺と日吉大社の周辺一帯に築かれていたようです。上杉陸奥守憲英の嫡子・庁鼻佐馬助憲光が居住していたとされ、この頃にはすでに居館が築かれていたようです。国済寺は憲英が峻翁令山禅師を請じて開山としたとされ、境内には憲英公の墓と、土塁の一部が残っています。
寺の北方にも長さ135mほどの土塁が残っているようなのですが確認できていません。情報は城郭大系からだし、まだ残っているのかな?
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2024/12/04 20:02
2024/04/30 14:00
2023/06/10 16:38
遺構は本堂裏に僅かに残る (2023/06/07 訪問)
国済寺の境内が城跡になる。黒門(総門)・三門は市指定文化財、裏に上杉氏歴代の墓所がある。説明板には13世紀末、関東管領の上杉憲顕が新田氏を押さえるため、六男・上杉憲英に館を築かせた。以後3代にわたり居住。一辺170メートルの方形で、外郭を含めると28ヘクタール(東京ドーム20数個以上か)ある。康応2年(1390)に高僧峻翁令山禅師を招いて館内に国済寺を開山する。本堂裏には築山と土塁が残っています・・・。
館としての遺構は本堂裏に土塁と土塁状の築山が残る程度。庭の手入れ中で築山近くに寄れなかったが、北側のスーパー境に残る土塁より高い。築山の北側に窪んだ地形があり、堀跡ではとの意見もあるが、築山に伴う池ではと想像する。
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分類・構造 | 平城 |
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築城主 | 上杉憲英 |
築城年 | 室町時代 |
主な城主 | 庁鼻和上杉氏 |
遺構 | 曲輪、土塁 |
指定文化財 | 県選定重要遺跡(庁鼻和城跡) |
再建造物 | 碑、説明板(国済寺) |
住所 | 埼玉県深谷市国済寺(国済寺) |
問い合わせ先 | 深谷市教育委員会生涯学習課文化財保護係 |
問い合わせ先電話番号 | 048-572-9581 |