鎌倉時代末期の正応永仁のころ(1288~1299)宇都宮景網の三男武茂泰宗が築造したと伝えられています。代々武茂一族の居城でしたが、文禄4年(1595)に、佐竹氏の命により武茂氏は常陸国大賀へ移封となり太田五郎左衛門景資が入封しました。
靜神社の裏の道を登って行くとすぐに城域に入ります。曲輪の跡、4カ所の堀切、横堀などがよく遺っていました。登城路も概ね整えられていて歩きやすい城址です。ただ曲輪周辺は藪になっているところもありました。本丸の標識も朽ちて見にくくなっていました。帰りは乾徳寺方面へ下山しました。
武茂城は本城の他に東と西に城があるようです。それなりに遺構はあるようですが、今回は登城していません。
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