むもじょう

武茂城

栃木県那須郡


旧国名 : 下野

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堀切1
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武茂泰宗 (2026/11/06 訪問)

 鎌倉時代末期の正応永仁のころ(1288~1299)宇都宮景網の三男武茂泰宗が築造したと伝えられています。代々武茂一族の居城でしたが、文禄4年(1595)に、佐竹氏の命により武茂氏は常陸国大賀へ移封となり太田五郎左衛門景資が入封しました。
靜神社の裏の道を登って行くとすぐに城域に入ります。曲輪の跡、4カ所の堀切、横堀などがよく遺っていました。登城路も概ね整えられていて歩きやすい城址です。ただ曲輪周辺は藪になっているところもありました。本丸の標識も朽ちて見にくくなっていました。帰りは乾徳寺方面へ下山しました。

 武茂城は本城の他に東と西に城があるようです。それなりに遺構はあるようですが、今回は登城していません。

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小城小次郎

武茂氏ゆかりの門 (2025/02/25 訪問)

武茂城の両側に東城・西城を従えて三城一体となっていたらしいが武茂城しか訪ねたことはない。武茂城と東城に挟まれた乾徳寺の山門は武茂氏ゆかりの門らしい(武茂城の門だったという決定打はないそうだが)。

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赤い城

静神社の背後 (2022/02/05 訪問)

静神社の駐車場に駐めてまずは神社への石段を登ります。
拝殿脇に登城口があり、登るとすぐに二郭の空堀と土橋があります。
さらに行くと小さな鳥居があり、その先が主郭。
土塁も残っています。
北側の虎口から降りると堀切がありました。
深さもあります。
北側の尾根を進んで行ったところにも堀切があります。
引き返し主郭下の堀底道を歩きました。
長い堀底道、なかなかです。
静神社左手の竪堀を見学して乾徳寺へ。
その背後が武茂東城となります。
墓地を抜けたところを直登して堀切を見学、遺構も残されているそうですがこれだけ見て撤退しました。
宇都宮氏の分家、武茂氏が築いた城。
乾徳寺は武茂氏の菩提寺でもあります。

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小城小次郎

宇都宮氏一族だが武茂氏は佐竹を選んだ (2020/12/12 訪問)

宇都宮氏一族ながら地理的にも常陸に近かった武茂氏は佐竹氏の傘下に入り、佐竹氏領内での領地替えを経て佐竹氏とともに秋田へと移り住んだが、それでも改易になった宇都宮氏につくよりはよかったのかもしれない。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 武茂泰宗
築城年 1288〜1299年
主な城主 武茂氏、太田氏
廃城年 慶長7年(1602)
遺構 曲輪、帯曲輪、腰曲輪、物見台跡、土塁、横堀(空堀)、堀切、櫓跡
指定文化財 県史跡(武茂城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 栃木県那須郡那珂川町馬頭字馬場東他
問い合わせ先 那珂川町役場
問い合わせ先電話番号 0287-92-1111