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ぴーかる

恒屋城 (2021/12/25 訪問)

【恒屋城】
<駐車場他>登城口前に城跡専用駐車場10台分程あり。
<交通手段>車

<見所>横堀・畝状竪堀・竪堀・堀切・曲輪
<感想>赤松氏関連の山城攻め、この日の2城目。恒屋城の築城年は定かではないが、15世紀中頃に恒屋氏によって築かれました。恒屋氏は赤松氏の臣下で恒屋城は置塩城の北北東数キロの場所に位置することから支城として重要な役割をしていたと思われます。秀吉によって落城したものと伝わりますが資料に乏しいようです。
 恒屋城は全景を撮った添付写真に見られるように、二つの山の山頂部分を主曲輪として前城後城とに分けています。鞍部は馬場のような平坦な広い曲輪で繋いでいます。
 登山道はまず前城に出ます。登りきる少し手前から竪堀と並行して登るので山頂近くの目安になります。前城山頂の下段の畝状竪堀群に出ます。かなり薄まっていますがそこそこ見応えあります。山頂曲輪の切岸に発掘された五輪塔が並べられています。鞍部を通り、二郭が最大の見所で長い横堀があります。高さも7mあるそうで行った関西の中世山城のなかでは最大級、武田流の城をも彷彿とさせます。二郭横堀の反対側に大竪堀があり、これも見応えあります。二郭~主郭までの段曲輪や堀切が未整備でちょっと鬱蒼としているのが勿体ないところ。ここから麓まで続く大竪堀が1条あるようですが木々で埋もれさっぱり分かりませんでした。主郭帯曲輪に瓦片が落ちていて発掘でも出てきているので早い時期から瓦が使われていたのだろうか?主郭虎口には数個の石が見受けられたので虎口は石積みであったことを思わせます。主郭から違うルートの方向版があって北側を少し攻めましたが藪化で無理でした。上り下り道は1本のようです。
 下山後駐車場で保存会の会長さんにお声がけ下さいました。駐車場、登山道が綺麗に整備されている事と曲輪内が少し鬱蒼としている事を伝えさせてもらいました。会長さんは盛り上げたい為に御城印を作りたいそうです。二郭周辺が見応えある城跡、応援します。

<満足度>◆◆◇

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1/9 飯盛城の全貌の講演会を聴いて見て

朝に続いて、昨年大阪府で5例目(大坂城などの近世城郭は除く)の国史跡指定を飯盛城跡は受けました。
即ち、飯盛城跡の他には千早城跡、上赤坂城跡、赤坂城跡、烏帽子形城跡が有ります。
石垣や礎石建物などの戦国時代後半の三好長慶によって築かれたお城として評価されたものです。
飯盛城は、ほぼ全域が石垣によって築かれているお城なのです。
それは、東側曲輪に多く用いられています。
意識的に攻城者を威圧する為でしょうか?
石垣の特徴は、石材は基本的に自然石や粗割石を用いています。
勾配は垂直で直線的である。
飯盛城の構造としては、飯盛山の南北尾根に中心部を配置している点で有ります。
巨大な堀切によって城域が南北に区画されてます。
千畳敷郭の発掘調査で、南北の尾根に対し造成を施して広大な曲輪を確保しています。
曲輪造成の盛土です。
礎石の検出で政治や文化の場としての礎石建物の存在が明らかになっています。
山城に住んていたことを表していますね。
三好長慶は、飯盛城に信頼する家臣らと一緒に滞在しており、家臣の家族や妻子と共に住んでいたのですね。
山城が戦いの場から政治や文化の場になっているのも面白いですね。
領民にも見せる城として存在意義していたようです。
飯盛城は、石垣、瓦、礎石建物という3つの要素を兼ね備えた城郭と言えそうです。
三好長慶と織田信長の築城した城郭構造が同一の要素で構成されているのも面白いですね。
飯盛城は、今後もっと整備されて誰にでも石垣が見られるようにしてもらいたいです。
にのまるさん、一乗谷城のテレビ放送見て頂いたでしょうか?
明日午前中に、クイズを出します。
宜しくお願い致します。

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仙臺むすび丸。

公園内に保存されている富沢館土塁 (2022/01/15 訪問)

土地区画整理事業地内の住宅に囲まれる公園内に保存されている土塁の現状。北東から撮影(20220115)

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ヒロケン

尾張藩 付家老の城 (2022/01/04 訪問)

犬山城は織田信長の叔父である織田信康が木之下城を移して築城されたと伝えられ、小牧・長久手合戦の際には羽柴秀吉公は大軍を率いて犬山城に陣をしき、小牧山城に陣をしいた徳川家康公と対峙しています。

その後、徳川義直公が尾張藩主となると、平岩親吉公が犬山藩主として12万3千石を領し、義直公の付家老として尾張藩の藩政を執行しています。親吉公が亡くなると、二代将軍徳川秀忠公より犬山城を与えられた成瀬正成公が3万5千石を領有し、義直公の付家老として尾張藩の藩政を執行し、代々付家老として明治維新を迎えています。(付家老とは、幕府が親藩または、本藩が支藩に対し施政を監督・指導するために遣わされた家老職)

この城の見所は、何と言っても国宝の現存天守で、3重4階地下2階・望楼型で何ともカッコイイ(#^.^#)また、曲輪・石垣・横堀等が残り、櫓(模擬)・門(模擬)が建てられています。天守は本当に美しく、遠くから見ても、近くで見ても恰好が良い、ただ逆に言うと、この城の見所は天守しか無く、他の遺構は(゜-゜)な感じです。近くにある犬山成田山・城下町とセットで行かれることをお勧めします。

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カズサン

本丸登り石垣登城虎口も圧巻 (2011/06/04 訪問)

 本丸の北面を2段石垣が構え西脇に登り石垣と階段の虎口を下から眺めると素晴らしい眺めでここも一つの見所ではないか? 調度丸から重層石垣を眺めて登ると桜馬場、遊佐屋敷を通って本丸北面の登り階段脇の上り石垣、2段の石垣が目にはいいて来る、登ると本丸内部、長大な城名石碑が目に付く、七尾湾の眺めは最高、6月上旬天気は良いが空気は湿っぽく霞んで写真写りは良く無い。
 本丸東の大堀切、天守台は神社が鎮座、北面の石垣の上には懸造りの御殿、会所が有った様な英雄たちの選択番組で見たような気がするが? 10年前の初登城時はまだまだ未来の事。 搦手から桜馬場に降りる、途中には搦手虎口、石垣が所々残って居り厳重な構えが垣間見られる。

 七尾城は能登畠山氏が約170年能登守護として居城治める、上杉氏の二度の攻城戦で陥落し上杉氏へ、謙信が亡くなると信長勢力が加賀、能登に及ぶと天正9年(1581年)前田利家が信長より能登一国を与えられ七尾城に入る。
 七尾城の石垣は畠山氏時代も有ったのでしょうが前田氏が入り野面積の石垣に改修したのではないかと思ったりしたり?改修は有ったのでしょう、利家は直ぐに七尾の小丸山城を築くが要害の城として護って居たのではないかとも思って居ます。?
 
 10年前の平成23年6月上旬、富山城、安田城を廻り、能登も高速が通り便利良く七尾城初登城をしました、車で本丸近くまで行けて大変便利です。

 各曲輪編に続く。

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戦国期城郭史のなかの越前朝倉氏の城の講演会を見て

本日は、1/8に福井での講演会からの感想を話します。
越前一乗谷朝倉氏遺跡は、日本の中世を代表する遺跡であり特別史跡になっています。
居館や城下町の山麓部分の発掘調査はずっと続けられているが、山城跡はまだ一度も発掘調査が実施されていません。
だから、山城のことは余り分かっていません。
一乗谷城の特徴である畝状竪堀群の構築年代については、従来、畝状竪堀群は戦国時代後半の発達した防御施設とされてきたが山城の大半で虎口や土塁に発達した構造が見られないのですね。
だから、戦国時代後半には畝状竪堀群はすでに用いられない防御施設になっていたと考えざるを得ません。
千畳敷には、建物の礎石があるので屋敷があったと考えられます。
観音屋敷や赤淵神社などは宗教施設かと思われます。
朝倉氏は、この山城を聖地と捉えていたのではないでしょうか?
美濃の篠脇城は、山頂の曲輪を全周する畝状竪堀群のある山城ですが、この畝状竪堀群は東氏によって造られたものではないようです。
朝倉氏によって攻められてこの居城を追われた東氏が、赤谷山城に移ってから朝倉氏によって築かれた可能性が高いですね。
また、小谷城に浅井長政の救援に来た際に今のままでは小谷城は守れきれないと判断し、大嶽の曲輪を改修した。
この際の改修では畝状竪堀群は導入されていません。
明らかに篠脇城とは違っておりますね。
戦国時代後半には、畝状竪堀群ではなく分厚い土塁と喰違虎口の導入に変わっていったと考えられます。
築城技術が折の効く土塁や横堀が用いられたのでしょう。
一乗谷城では折の効く土塁や横堀、喰違虎口は見られていません。
朝倉義景は、織田信長の侵攻に対し小谷城ように山城を改修して戦おうとはしなかった。
むしろ、山城を放棄したと考えるべきであろう。
このように見てくると、朝倉氏が何故一乗谷を本拠地としたのかが今までとは違った視点で捉えるべきです。
私は、朝倉義景が織田信長と戦いたくなかったのではないかと推察しています。
織田信長と戦いを避けたかったが、避けられなかった。
朝倉義景は、一乗谷を京以上の都として繁栄させ続けたかったのだろう。
しかしながら、弱肉強食の戦国時代でそれは叶わなかったのです。
にのまるさん、明日に一乗谷城のクイズを出します。
お願い致します。


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todo94

城カード現存12天守シリーズ (2021/12/04 訪問)

犬山城での反省を活かして開城に合わせての攻城としましたが、駐車料金1000円には唖然としてしまいました。姫路城だってここまで高額ではありません。ちょっとひどすぎると思います。といいながら、天守ばかりでなく、公開されている3つの重文の櫓もすべて快適に楽しむことが出来ました。黒御門脇の竪堀に沿った登り石垣も初めて確認できました。玄宮園から望む天守もお気に入り。貴重な厩も現存していますし、鉢巻き石垣も魅力的です。城カードは開国記念館で販売しているので入城料を支払わなくても手に入れることが出来るのですが、私の好きな城トップ5に入る城ですのでしっかりと楽しんでしまいました。これで、国宝5城のカードがそろいました。城カード現存12天守シリーズコンプリートまで宇和島城を残すのみです。

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朝田 辰兵衛

大久保長安陣屋(東京都八王子市) (2022/01/10 訪問)

「安居」…なんてなつかしい響きか。todo94さんが雨の中を攻城してくださったのを,今でも真っ先に思い出します。
ということで,私からは(これもまたなつかしい)大久保長安陣屋を。この手札をカルビンさんが所持していたことで,安久田地獄穴洞窟遺跡→芥川山城という,コンプリートの道筋が開けました。
しかし,実際に行ってみたらショボかったです…。

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小城小次郎

宿泊施設が土塁の上に (2021/09/19 訪問)

宿泊施設の敷地となっていて、よくよく見ると建物が台場特有の「ぎざぎざ土塁」の上に建っている。大切なお城仲間を船着き場に送り届けるため、この後の道の駅で「秒」でお土産を選んだものも思い出深い(笑)。

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赤い城

朝市が賑わうその先に (2022/01/09 訪問)

2022年の城初めです。
主郭周辺部分は八幡岬公園になっていて駐車場もあります。
朝日を見たかったが出遅れ見れず、それでも綺麗な太平洋を望めました。
駐車場からすぐに八幡神社があります。
主郭まで進んでいくとお万の方の像が立っています。
この辺りの周辺部分にはこれといった遺構は見られませんがやはり絶景。
やっぱり海は癒やされます。
鳴海神社の下にも駐車場があり、梅園になっていますが鳴海神社脇に岩盤堀切があります。
進んでいくと岩盤を削ったような虎口も見られました。
勝浦正木氏の居城で小田原平定で廃城になりました。
現地城下では朝市が有名、この日も賑わっていました。
朝からやってるお店で勝浦タンタンメンを頂きました。
おいしかった。

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POYO58

日本100名城、続日本100名城検定

今回も検定を作ったのでぜひ受けてください
https://kentei.cc/k/1576672

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カズサン

初恋の君に逢う様な高揚感ある重層石垣 (2011/06/04 訪問)

 中高生以来の日本城郭写真集、近年のネットの写真で良く観慣れていた七尾城の調度丸から見上げた重層石垣、10年前の平成23年6月上旬、城郭放浪記さん余湖図コレクションさんの情報で本丸北駐車場まで車で登れる事を知り、余り登城して無かった山城に挑戦、麓の資料館には寄らず山頂の駐車場を目指し車は同駐車場に駐めて標識に従い堀切を通って調度丸へ眼前に写真集で良く観慣れた重層石垣、4、5段の石垣、初恋の人に逢った様な高揚感が湧いて来ます。
 暫く前後、寺屋敷側からの登城路からと写真を撮り、桜馬場、温井屋敷下に野面積石垣が数段に重なり石垣を構えてる、余りにも衝撃が強く重層石垣での投稿をお許し下さい。

 本丸編に続く。

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10代、約100年を経て整備は未完のまま (2021/01/09 訪問)

織田晃司さんの投稿に、「石垣はかなり捜すことになる」とあり、石垣を発見することに留意して登城。練兵場にも使われた二ノ丸(現在はグラウンド)の法面にありました。グラウンドのフェンス外に櫓の説明板が立っているもののそのうしろは笹がぼうぼうで、進めません。左右から回り込んで石垣下に行くのですね。完全に日が暮れる前にたどり着けました。
本丸虎口に残る破城跡も良いです。日没時間切れで、道を挟んだ出丸には行けませんでした。
説明板に「10代、約100年を経て整備は未完成」とありました。石高に対して城域が広く、無理があったのでしょうか。

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じっぱ

歴史の転換期の遺跡 (2021/09/18 訪問)

唐戸市場で新鮮な魚介類を堪能した後、国道沿いの台場跡に立ち寄った。幕末の下関、長州藩が下関海峡沿いに築いた台場の一つで、日本が攘夷から開国へと変わって行く起点となった歴史の転換期の重要な遺構となっています。景色の素晴らしさにも見惚れてしまいました。近くの火の山展望台からの眺望もまた格別です。約1.5km西に下った所(関門橋の橋脚の近く)にも、壇ノ浦砲台跡(最後の写真)があります。

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todo94

舗装路を登っては行けません (2021/12/04 訪問)

舗装路を登っていくとグラウンドを経て給水塔にたどり着くことが出来ますが、城址公園に入ることは出来ません。皆さんの投稿を確認しておくべきでした。しかもGoogleマップにも駐車場が表記されているというのに。きちんとした駐車場なのですが、ちょっと目立たず、見逃してしまったのです。駐車場脇に説明板があり、登城路が伸びています。小規模ながらも土塁、堀切などの遺構を見ることが出来ました。

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にのまる

新年初登山 (2022/01/02 訪問)

午前中奈良のお城をまわって法隆寺にも行ってなどしていたら、天王寺に着いたのが14時過ぎ。セット訪問を予定していた大阪城は諦め、帰りの新幹線の時間まで大坂の陣めぐりをしました。と言ってもいつもの如くほぼ歩きなので、少ししか行けませんでしたが。
茶臼山陣城は、カルビンさんのご投稿で「登頂証明書」の存在を知ってから、ずっと行きたかったところです。
……あれから3年の月日が流れ~ついに標高26メートル登頂、そして証明書ゲットしましたヽ(^o^)丿
その後、案内所でビデオを見たり散策マップをいただいたりして真田信繁終焉の地と伝わる安居天神に行きました。(“安居”でしりとりを思い出します…行きたい(^^♪)

猿さん、ご丁寧な解説をありがとうございましたm(__)m

朝田さん、雪虎の地は雪がすごそうですが…お大事に。

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朝田 辰兵衛

雪虎レスありがとうございます! (2021/12/19 訪問)

にのまるさん,『雪花の虎』レス,ありがとうございます。甲斐の虎も美しく描かれてますネ!山本勘助はちょっとですが…<笑>。
個人的に違和感が最大値だったのが,鬼小島弥太郎です。「ボンジョビがモチーフか?」と勘ぐってました。醜い顔とゴツイ体,ガニ股で六尺を軽く超えてた大男というのが一般的な伝承です。
そうそう,鬼小島弥太郎の長岡市ゆかりの地が『雪花の虎』で明記されてませんでしたが,城びと登録にもある「乙吉城」になります。また,妙高市にもゆかりの陣屋跡がありますので,いずれ散策してきて報告したいと思います。飯山の墓所も。さらには,春日山城の海岸線防衛の支城群にも足をのばそうと画策していますが,全て年内はムリかな…。

昨年の締めくくりは,稲付城でした。

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じゅんじん

不思議 (2022/01/03 訪問)

4年ぶり。実家から2番目に近いお城です。家系的には1番近いかな。でもここが選ばれた理由がわからんなあ。

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織田晃司

大嶋だよ! (2022/01/10 訪問)

元々は独立した島に築かれた城。
主郭は神社と寺になってます。
曲輪と井戸、大嶋城城主の海老名一族の墓がある。

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トク

改修された平戸城と、鉄道+絶景+温泉+グルメ満喫旅 (2022/01/09 訪問)

平戸城が大規模改修を終え見学できるようになったと聞き、まだ行った事がなかったので行ってきました。
佐世保からローカルな松浦鉄道に乗り、日本最西端の駅「たびら平戸口」で降ります。そこからまたローカルな路線バスに乗り、真っ赤な平戸大橋を渡り平戸島に入ると平戸城が見えてきます。

バスを降りて、大手門跡→亀岡神社→懐柔櫓→見奏櫓を通りいざ天守へ!
1階受付でスタンプを押し天守の中に入ると、まず2階ではシアターに写し出された2人の松浦鎮信よる城の解説がありました。山鹿流と呼ばれる縄張りの解説や、松浦氏が秀吉の九州平定に加わったため、本領を安堵された事。しかし関ケ原では西軍に加わったものの安堵されたが、徳川に忠誠心を見せるため自ら天守を焼いた事、そしてポルトガルとなどとの南蛮貿易を行った事、さらにその後、天守を再建した事などを説明してくれました。次に3階では絵巻で松浦氏や平戸藩の歴史を見て学び、さらに4階ではクイズを解いたりして知識を楽しく深めながら天守最上階(5階)へと上ります。 するとそこには何と、息を飲むような超絶景パノラマが! (しばらくボ~っと見とれてしまいました)。 さらに案内板にあるQRコードをスマホでかざすと、向かいの見奏櫓から天守に立っている自分の姿を自動で撮影し、スマホへ転送してくれるサービスが無料でありました(これはイイ!)

夜は、湾の向かい側のホテルに泊まり、夕食は平戸名物「ひらめの刺身」がついた懐石料理、朝はバイキング、これらをリーズナブルな値段で堪能する事ができました。翌朝、屋上展望露天風呂から見た、朝日に輝く海に浮かぶ平戸城の幻想的な景色はもう最高! 温泉につかりながら(またもボ~っと)のぼせるまで見入ってしまいました。

お城+鉄道+絶景+温泉+グルメ 全てを満喫できた大満足のひとり旅でした~! (ぜひオススメです!)

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