呉服橋御門があったのは日本橋川から外濠川に分流する現在の呉服橋交差点付近。川・橋・標柱の3点セットが見えたので嬉々として近づいてみたらそちらは一石橋でした。
呉服橋交差点あたりには呉服橋門の名残は見当たりませんでしたが、今夏オープンしたTOKYO TORCH常盤橋タワーの前に真新しい説明板が設置されていました。東京駅日本橋口の横断歩道を渡ったところです。建設中のトーチタワーは完成するとあべのハルカスを抜いて日本一の高さになるそうです。390メートルの物見櫓から真下に見る江戸城下の風景!今から楽しみです。
何も残ってなさげ(?)な呉服橋門ですが、文化3年(1806)から幕末まで“遠山の金さん”お勤めの北町奉行所が門内にあったそうです。前回投稿しました鍛冶橋門石垣移築展示のある丸の内トラストタワーがその場所で、平成12年からの発掘調査で遺構が発見され、現地に説明板と奉行所の石組み下水溝の一部が再現されています。
刃傷事件当時の吉良邸があったのもこの場所だったのだそうです。(討ち入りがあったのは墨田区両国の現・本所松坂町公園)
戦後、瓦礫とともに埋められた外濠川。この地面の下に長きにわたるたくさんの歴史が眠っているのだと思うと、歴史を正しく知ることの大切さを思います。
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