難攻不落と呼ばれた南郷城。今もその面影が残っています。
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2022/02/05 11:54
南郷城
難攻不落と呼ばれた南郷城。今もその面影が残っています。
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2022/02/05 11:42
島津四兄弟生誕の地
関ケ原の合戦で「的中突破」の偉業を果たした島津義弘公。その義弘公をはじめとする島津四兄弟は鹿児島県日置市吹上町の伊作城で誕生しました。城跡には深く削られた空堀が今も残り、本丸のあった場所には緑が茂り、四兄弟の誕生石も残されています。
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2022/02/05 11:03
東隅櫓再建され見学探訪 (2011/03/24 訪問)
平成22年3月岡崎城東曲輪の東隅櫓が発掘調査後、石垣櫓台修復、東隅櫓の元図、源資料等が無いので同時代現存の松山城野原櫓などの形式を参考にして木造望楼式二重櫓白漆喰仕上で建築し白漆喰続土塀も合わせて再建した。(岡崎城HPより抜粋)
情報入手が遅れたか?タイミングが合わなかったのか?再建の翌年平成23年3月下旬もしかして桜が咲いて居れば幸せと車で出掛けました、駐車場は以前大手門近くの駐車場が大型車観光バス専用に成って居ましたので東手前から多目的広場旧菅生曲輪に新しく出来た小型車専用駐車場を利用。
探訪:駐車場に入ると白漆喰の東隅櫓が目に入って来ますのでもう既に興奮状態、旧菅生曲輪方面から東曲輪と東隅櫓を眺め撮影、堀切切通を抜けて旧三の丸方向、大型駐車場に出ると東の隅に東櫓が真新しく立って居ます、白漆喰土塀も綺麗です、早速東隅櫓に登り見学、木の香りも清々しく新調櫓感を出しています。
案内パンフレットは無く「岡崎城の東隅櫓」と記した白黒コピーの資料が有りゲット、岡崎城絵図(1781年)も併せてコピーされて居ました。
桜はまだ早かったようでつぼみ状態、よく見ると数輪咲きが見えるかな?の状態でした。
充分堪能して、折角登城したのでと本丸天守方面に移動、続きで投稿します。
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2022/02/05 07:46
里麓(鹿児島県薩摩川内市上甑島) (2021/12/29 訪問)
鹿児島中央駅から新幹線で川内駅にアクセスし、運賃150円の川内港シャトルバスで川内港へ。高速船に乗って上甑島里港に降り立ちました。目的は城びと登録物件の亀城でしたが、その前に日本遺産「薩摩の武士が生きた町~武家屋敷群「麓」を歩く~」の構成資産である里麓を散策しました。丸石垣の武家屋敷通り、風情がありました。殆ど人を見かけませんでしたしね。里小学校は地頭仮屋跡とのことです。
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2022/02/05 00:23
36見附めぐり㉓~竹橋門~
竹橋門は北の丸に至る右折れ枡形で、手前の濠にかつて竹で編まれた橋が架かっていたためその名がついたのだそうです。現在は竹の模様が施されたアーチ橋が架けられていますが、代官町通りに取り込まれていますので見附橋を渡っているという感覚はあまりないかもしれません。
門跡の平川濠側は枡形内の形をとどめていて、帯曲輪からの出口付近に積まれた石垣の痕跡が往時の姿を考えるよすがとなってくれています。
またこの場所は、左手に平川門、右手に北桔橋門と、美しい橋の架かる門を両サイドに眺められる絶好のビューポイントでもあります。平川濠の屏風折れ石垣のラインも絶品です。
北の丸清水濠の歩道沿いに「清水濠まちかど庭園」という、高石垣やアーチ橋を眺められる小さなスペースがあります。周囲の車や人、皇居ランナーさんたちを気にすることなく石垣を眺めたり写真を撮ったりするのによい場所です。このあたりから見上げる高石垣すれすれの首都高はなかなか衝撃的な光景です。江戸城珍百景図鑑をつくるとしたらぜひ載せたい。
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2022/02/04 22:46
2022/02/04 22:35
大阪平野を一望する天下人の城 (2022/01/09 訪問)
芥川山城は主に主郭を含めた西の曲輪群、土橋より東の曲輪群、大手道と土橋間の曲輪群からなります。
上の口方面から登城しましたが猪鼻地区に着くまでの間に複数の段郭や石積が確認できます。
また、主郭南側の田の丸よりさらに南に進んだところに堀切や大土塁が確認できます。
写真の数字や英字は高槻しろあと歴史館で頂いた縄張図を参考にしました。
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2022/02/04 21:15
幸福山の道 (2022/01/29 訪問)
福山城より「幸福山の道」を通り幸山城へ。
両方を見ようとすればかなりの時間を要します。
幸山城の最後の城主は清水宗治てす。
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2022/02/04 21:07
幸福山の道 (2022/01/29 訪問)
天守のない岡山県の福山城です。
古墳を横目に見ながら登城すると頂上が主郭となります。
景色は絶景です。
幸山城に向かう途中に八畳岩・挟み岩があります。
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2022/02/04 19:39
日本一の大堤 (2022/01/09 訪問)
【続百名城50城目】
<駐車場他>水城館駐車場無料あり。
<交通手段>車
<見所>東門跡・西門跡・土塁
<感想>1泊2日国土防衛筑前国の旅7城目。まず水城館駐車場に駐車して東門跡と水城館にてスタンプ押印し展望台へ。少し歩きますが<33.524778, 130.502394>ポイントの展望台の方が水城が良く見渡せるので是非ともお勧めです。土塁断面広場→父子嶋(ててこじま)なる民話化された小さい土塁遺構が西門跡北100m程の所にあります。西門跡まですべて徒歩で行きました。
実際行って体感するまではたかだか土塁だけでなぜ続百名城に選出されるのだろうかと思っていましたが完全になめてました。土塁に登って、触って、眺めてみると全然考えが変わりました。古代の人々が国家、大宰府の都市、そこに住む人々を守るという気概を大いに感じた。まさに大堤の名にふさわしい。
水城にてこの旅終了。古代山城と大土塁、中世元寇の石塁、近世台場跡と時代を超えてそれぞれの国家防衛の防御設備を満喫しました。何故か時代が古い古代遺構が圧倒的なスケールで一番良かった。全走行距離1317㎞無事走破。
<満足度>★★☆
<グルメ>ベタですが福岡県民の定番「資さんうどん」を食しました。これも定番、肉ごぼう天うどんのセットをチョイスしました。ごぼ天うまし。
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2022/02/04 17:11
金太郎 (2022/02/04 訪問)
箱根を守る要衝の城です。堀などがよく残っていて楽しめる城址です。概ね整備されていて主要な所は歩きやすいのですが、一部は藪になっていました。蔵屋敷方面は立ち入り禁止となっています。
明神郭には登る気はなかったのですが、空堀に下りてみると郭に登った先人の踏み跡を見つけてしまい上まで上がりました。予想通り藪でした。
富士山がよく見えるとのことで期待したのですが、痛恨の曇り空。帰って来ると雲一つない青空となっていました。
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2022/02/04 10:25
中堀石垣災害復旧工事完了 (2011/04/19 訪問)
平成21年8月11日に駿河湾で発生した震度6弱の地震により駿府城中堀の石垣が崩落しました、その後災害復旧工事が行われ平成23年3月に工事完了のニュースが伝わり桜の時期は少し過ぎましたが平成23年4月中旬に出掛け綺麗に復旧した中堀石垣を見学観察して来ました。
同時に二の丸坤櫓台の石垣修復工事も完了し、坤櫓の建築前準備が進んで居るようで計画の告知も張り出され、後2,3年(H25、26年)したら復元坤櫓が再現される期待感が伝わって来ました。
既に復元完成してる二の丸巽櫓東御門の表、裏も春うららな気分でしたので撮影した写真を合わせ投稿します。
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2022/02/04 08:09
復興御三階櫓はきれいではありますが (2021/11/13 訪問)
きれいな白塗りの御三階櫓は有名ですが、江戸時代には本丸ではなく三ノ丸のまた外側にあったようです。
城址公園としては本丸部分のみなので、観光のためですね。
御三階櫓の中にも入れますが、資料館から渡り廊下を経由して入るので、城の中に入ったぞ、という感じも乏しいです。
色々な城でコレクションしている無料パンフレットもここでは見当たりませんでした。
ちらほら残念ポイントはありつつも、甲冑を身にまとったガイドさんはとても親切そうでした。
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2022/02/04 07:02
いつか垂水麓も (2021/12/28 訪問)
志布志城から一般道のみで大隅半島を横断してのアプローチでした。麓の荒崎パーキングに車を駐め、少し歩いて垂水城の標柱と殿様水は見つけることが出来ましたが、台地上で城に関わる物件を見いだすことは出来ませんでした。でもこのあたりから雄大な桜島を拝むことが出来たので満足です。この日の攻城はこれにて終了。鴨池クロスにて16時からの献血予約を入れてあったので、桜島フェリーを利用して献血ルームへと向かいました。日本遺産「薩摩の武士が生きた町~武家屋敷群「麓」を歩く~」の構成資産になっている垂水麓をチェックしなかったのが心残りです。
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2022/02/03 23:01
2022/02/03 21:19
里見氏の本城とのこと (2022/01/23 訪問)
西水往来から登城。
こちら側には駐車場がなく少し離れたところに車を駐めて登城。
岩盤の切通を登って行くと程なく主郭方面への案内板。
尾根道を進んで行きます。
途中横穴墓を見ながらさらに進むと堀切がありました。
この上が主郭で山側には土塁が付いています。
もちろん海側の眺望は素敵。
北側の虎口を降りるとここにも堀切。
深さもあります。
さらに尾根道を進むことができますが堀切と土橋があるところから竹藪になっていて見学はここまで。
里見氏初代の義実が築いたとされますが詳細は不明です。
天文の乱で義豊が敗れると廃城になりました。
帰りは東水往来側に降りると少し先に貯水槽があり、説明板が立っていて駐車場にもなっていました。
ここから西水往来側には大きく回るようになりそうだったので結局引き返しました。
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2022/02/03 21:15
2022/02/03 20:16
冠山合戦 (2022/01/29 訪問)
現在規模としては大きくない城ですが、備中高松城の前哨戦として冠山合戦が行われた。
加藤清正が一番槍の働きをみせた。
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2022/02/03 11:47
亀ヶ城と呼ばれ良く整備されています (2011/04/30 訪問)
11年前の平成23年4月下旬、赤瓦葺竣工成ったばかりの鶴ヶ城天守閣を満開の桜と共に満喫し、翌日福島県の城郭ベスト10城にも入ってる猪苗代城を磐梯山山麓の県道を通って目指しました、山手から猪苗代湖方向にも下り、本丸大手の櫓台石垣の有る虎口へ到着、駐車場は大手枡形虎口の東側前に整備されて居ました。
歴史:源頼朝奥州征伐の戦功で相模の佐原義連に会津4郡が与えられ孫の経連を初代とする猪苗代氏が代々居城、会津の名門蘆名氏も同族、天正17年(1589年)の摺上原合戦で父子伊達氏と蘆名氏に分かれて戦う芦名氏は滅び、翌年の秀吉奥州仕置きで伊達領は北に退き稲苗代氏もこの地を去る。
奥州仕置き後蒲生氏郷が入部し黒川城は若松城と改め猪苗代城も近世城郭へと改修された、近世を通して会津藩の東を守る支城として一国一城令後も存続し、幕末戊辰の役で焼失するまで当地の支配拠点として機能した。
城域:磐梯山火山泥流の堆積した南北に長い馬ノ背状の細長い小丘陵を活用した城郭でこの尾根を東西に分断する堀切を境に北を鶴峰城跡、南に猪苗代城(亀ヶ城)が並立する、鶴峰城は隠居城と伝えられ亀ヶ城の文郭として機能し、亀ヶ城は近世城郭へ改修されたが鶴峰城は戦国末期の状態を残してる。
猪苗代城本丸は東に桝形虎口を石垣櫓台で構え外枡形内枡形の連続虎口、東上に胴丸が控え守りは厳重、石垣で守られた石段を2回通り本丸の東門、大手門に分かれる石段踊り場に登る、南の石段は本丸二ノ郭へ通じ櫓門跡の石垣が左右に控えてる、二ノ郭の南側周囲は土塁、黒門から本丸に登る広い本丸内部、周囲は土塁で固めてる、所々雁木石垣も見受けられます、東に東門、南西角に隅櫓台石垣が残ってる、本丸より磐梯山が一望出来る、桜はまだつぼみ状態でしたが満開時には雪を被った磐梯山と桜の絶景が堪能出来るでしょう。
本丸南西角に隅櫓台下から搦手石段の残存が窺える、本丸西側下には細い横堀を伴った西帯郭、更にその西下に幅が広い圧巻の横堀、南側に南帯郭と空堀を挟んで小山土塁、北側には北帯郭土塁で囲まれてる。
近世の改修で悌郭式に本丸東下に二の丸、城代屋敷、千人溜桝形も在った、更に東、北に三の丸、更に東、北に外郭と堀と土塁の総構えと成っていたようです。
案内:亀ヶ城址公園として良く整備されています、春の桜、秋の紅葉、磐梯山を望め、南側より猪苗代湖も望めます、北には稲苗代小学校が建ち野口英世少年も通っていた、石垣櫓台、土塁、雁木石垣、大空堀、高土塁、曲輪も保存良く残って居り見応えが有ります。
二の丸、三の丸は住宅街ですが堀跡の水路、大手門桝形跡、土塁と目を凝らして行けば感じ取る事が出来ます、案内人が欲しいかも?
桜がつぼみ前で残念でしたが次回は桜の満開の時期に訪ねたいものです。
探訪後に南側にある図書館に寄り、亀ヶ城の話と資料等を沢山頂きました、誠にありがとうございました。
上記情報は頂いた資料、文化財探検シリーズⅠ「亀ヶ城の歩き方」県指定史跡稲苗代城跡附鶴峰城跡 編集 兼田芳宏氏によります。
有難うございました。
帰り磐越西道のSAでイチゴを販売して居ましたので少しでも復興支援の助けに成ればとワンパック購入し、今回は鶴ヶ城と亀ヶ城の縁起の良い城のみで直帰浜松へ、他に寄る心境に成りませんでした。
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2022/02/03 07:02
2巡目の続日本100名城のスタンプラリー50城目 (2021/12/28 訪問)
2度目の続100名城のスタンプ、やっと半分に達しました。志布志市埋蔵文化財センターの年内最終開館日に合わせた次第です。此処でスタンプを捺し、見事な志布志城の模型(黎明館のはもっとすごいですが)を拝んでから志布志城内城へ繰り出しました。昔に比べて説明板や駐車場が整備されて嬉しい限りです。志布志麓の庭園のある平山邸は被災していました。今回は松尾城はパスして内城のみの攻城でしたが、清色城に迫る幅の狭い堀切や雄大な大空堀など、見所満載なので十分に楽しめました。
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