宿泊先のホテルの新宮駅から電車で有井駅に着きました。
有井駅から徒歩5分ちょっとで、鈴木孫一終焉の地(33.873358、136.086766)に着きました。
戦国時代、紀州雑賀に、日本最強を誇った傭兵集団、雑賀衆がありました。
雑賀衆は「雑賀を制する者全国を制す」といわれるほどに高い戦闘能力を誇った鉄砲集団であり、織田信長最大の敵として食い下がりました。
その雑賀衆の頭目が雑賀孫一(孫市とも)であり、その墓だとされるものが熊野市有馬町にあります。
雑賀孫一の生涯は謎に包まれていますが、関ヶ原で西軍に付き、その敗戦後、この地に逃れ、ひっそりと隠れ棲み、生涯を終えたとここでは伝えられています。
雑賀孫一は鈴木姓であり、熊野は鈴木姓発祥の地。また雑賀孫一の家紋は八咫烏紋。八咫烏は熊野の神使です。
「信長の野望」ゲームでの雑賀孫一は確か知略値、武勇地ともに高かった。
攻城時間は5分くらいでした。次の攻城先=有馬本城(城びと未登録 三重県熊野市)に徒歩で向かいました。
ちなみに新宮駅から三重方面のJRはICカードは使えません。現金のみの精算になります。
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