2021/08/16
超入門! お城セミナー 第117回【鑑賞】模擬天守をつくった時のモデルって、どこのお城?
お城に関する素朴な疑問を、初心者向けにわかりやすく解説する連載「超入門! お城セミナー」。今回は、模擬天守と国宝・犬山城の関係について。模擬天守のある城を訪れた時、「あれ、他のお城でも見たことある…?」と感じたことはありませんか? 実は、模擬天守には犬山城に似た外観を持つものが多いのです。その理由を解説します!
国宝天守の犬山城。三重四階と小ぶりながら、初期望楼型の風格ある姿は唯一無二の存在感。なのだが、なぜかどこかで見たことがあるような…?
各地にある模擬天守に感じる既視感の正体とは…?
お城ファンの中では「現存遺構重視」という方もいらっしゃるかと思います。建物が現存しない山城を訪れる人が増え、門や天守などの復元にも慎重な史実の検証が求められるようになった一方で、高度経済成長期などに建てられた模擬天守は、現在は観光地として扱われることもしばしば。
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▶超入門! お城セミナー 第17回【構造】「模擬天守」と「復元天守」「復興天守」はどう違う? :https://shirobito.jp/article/342
もちろん、こうした文化財保護や史実を重視する姿勢はとても大切です。ですが…、史実に基づいていないとわかっていても、城に天守があるとテンションがあがってしまうのが日本人の性。個性豊かな外観や最上階からの眺望には、抗いがたい魅力がありますよね。
さて、先ほど模擬天守の外観について「個性豊か」と述べましたが、各地の模擬天守を並べてみると、意外とデジャヴを感じることがあります。織田信長の居城として有名な清洲城(愛知県)をはじめとし、館山城(千葉県)、川之江城(愛媛県)、小山城(静岡県)、月山日和城(宮崎県)、上山城(山形県)、大峰城(長野県)、中村城(高知県)、河原城(鳥取県)、そして城跡ではありませんが熱海城(静岡県)、などなど…。どれもどっしり構えた望楼型天守に飾り屋根と白黒のコントラストをもつ外壁、そして最上階には外に出られるように手すりがついた展望台…と、どこかで見たことがある見た目。そう、これらの模擬天守は国宝天守・犬山城(愛知県)によく似ているのです。なぜなのでしょうか?
“犬山城そっくりさん”が大集合(左上から清洲城、館山城、小山城、川之江城、河原城、熱海城)。高欄の色や破風の形など細かい部分に違いはあるが、写真だけ見せられたら区別がつかないほど似ている(館山城:freedom / PIXTA、河原城:Buuchi / PIXTA)
犬山城はお手本に最適な「優等生」!?
模擬天守に犬山城風の外観が多い理由は、まず現存天守の中でも5城しかない国宝天守であることが大きいでしょう。模擬天守は、正確な天守の姿が伝わっていない城や天守が存在しなかった城に造られるもの。築城の参考となる史料がないケースがほとんどです。ゼロの状態から天守をデザインするのは不可能なので、すでにある天守、つまり現存天守を参考にするしかありません。そして、地域のシンボルとして造るのであれば、より知名度の高い国宝天守をモデルにしたいと考えるのは当然の心理ですね。
「それなら、世界遺産の姫路城をモデルにした方が良いんじゃないの?」と思った人もいるでしょう。確かに姫路城(兵庫県)のような大規模で美しい天守が造れれば、最高のシンボルとなること間違いナシ。しかし、姫路モデルの天守を造るには、“費用”という姫路城大天守よりもはるかに高い壁を超えなければなりません。
参考までに、戦後に再建された天守の中で比較的姫路城大天守に近い規模をもつ、熊本城天守(五層五階望楼型、高さ約32.5m/昭和再建時/熊本県)の費用を見てみましょう。1960年に完成したこの天守の総工費は約1億8000万円。現在の物価は当時の約5.5倍(日本銀行の消費者物価指数を基に算出)なので、現在の価値だと、なんと約10億円。小さな市町村なら年間予算の大半が吹き飛んでしまいます。
ちなみに、姫路モデルの天守も皆無というわけではない。福井県の勝山城博物館(左)は小天守の数こそ1基とスケールダウンしているが、五層の大天守に多聞櫓で四角く区切られた天守群と、姫路城天守(右)に近い構造となっている(勝山城:Yama / PIXTA)
姫路城と同じ五層天守である松本城(長野県)も予算規模は似たようなものでしょう。その点、犬山城は三層四階とお手頃(?)な大きさ。それでいて、複雑な望楼型や唐破風、高欄を持つため、小ぶりでも威厳ある外観にすることができます。なるほど、これなら最小限のコストで魅力ある地域のシンボルが造れそうです。
犬山城(左)と“犬山モデル”の代表格ともいえる清洲城(右)。アップで見ると最上階の花頭窓が目で破風が髭と口…と、顔のように見えてくる。落ち着きのある色合いと丸っこい唐破風の犬山城が“老紳士”とすると、カラーリングが派手でトガッた切妻破風の清洲城が“ちょい悪オヤジ”といったところだろうか
さらに、犬山城が「現存最古の天守」といわれてきたことも犬山風の模擬天守が増えた理由の一つでしょう。一昔前の通説では、犬山城天守は天文6年(1537)の築城時に下層の入母屋部分が造られ、元和6年(1620)に上層の望楼部分が増築されたとされ、天正4年築造説が有力視されていた丸岡城(福井県)と「現存最古」の座を争っていました(近年の研究では、2城とも通説は否定されています)。日本人はとかく古いものほど良いものだと考えがちで、「最古」や「古式」が大好き。「この城は16世紀前半頃に築かれたので、古式の建築様式をもつ犬山城を参考に復元しました」と説明されれば、ありがたく感じてしまうものです。
丸岡城(左)も模擬天守のモデルとなっている。香川県の由佐城(右)だ。大きな破風に茶色い外壁…と、似せようとする努力は見られるのだが、並べてみるとどうにも違和感がぬぐえない
大きすぎず小さすぎず、かつ威厳もあり、さらに「最古」という箔もついている犬山城。その「お手本にするに最適さ」を考えれば、各地に“犬山モデル”の天守が量産されるのは必然ともいえるでしょう。
もっとも、望楼型天守に下見板張と高欄をつけた形状は共通するものの、色や破風などの細かい部分には結構違いがあります。また、犬山城ほど多くはないものの、同じく小ぶりな国宝天守である彦根城(滋賀県)も似ている城が。模擬天守の形状をモデルとなった城ごとに分類してみたり、なぜその形状になったのかを調べてみたりすれば、案外その魅力にハマってしまう…かもしれませんね。
彦根城(左)とそっくりな藤橋城(右/岐阜県)。城と名付けられているが城跡ではない完全な観光地である。しかし、破風を多用した華麗な屋根など、見た目はかなり似ている(藤橋城:kumaphoto / PIXTA)
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執筆・写真/かみゆ歴史編集部
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。全国各地に存在する模擬天守・天守風建物を紹介する『あやしい天守閣 ベスト100城+α』(イカロス出版)が好評発売中。戦国時代の出来事を地方別に紹介・解説する『地域別×武将だからおもしろい 戦国史』(朝日新聞出版)は重版出来しました!