みんなの投稿

検索結果・・・「」を含む投稿

しんちゃん

豪徳寺 東京都世田谷区 (2024/05/04 訪問)

豪徳寺は彦根藩の井伊家の墓所として有名で、16代藩主で江戸幕府大老を務めた井伊直弼公の墓もあります。中世には吉良氏の居館が置かれ、世田谷城の主要な部分でもあったようです。そういえば塀の向こうに土塁の様なものが見えるような?
彦根藩3代藩主、井伊直孝が猫により門内に招き入れられ、雷雨を避け和尚の法談を聞くことが出来たという縁で、当寺に井伊家の墓所が置かれたという伝承があるようです。境内には招猫観音を祀る「招猫殿」が置かれ、招福猫寺の像が置かれています。
平成18年に建立された三重塔には十二支の彫り物が飾られ、ネズミの場所には猫が中央に鎮座しています。鼠も負けじと小判を咥えてきているあたり、ここの猫と鼠は仲良くやっているようです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

もみじまつり前日いつ見ても素晴らしい (2024/11/15 訪問)

 午前中伯耆大山の紅葉観光、雨で北壁絶景は見れず、鍵掛峠周辺のブナの紅葉トンネル、じゅうたんは小雨に煙る中感嘆の鑑賞、下山は蒜山側より米子道経由し、久しぶりの津山城登城はもみじまつり前日でした。
 駐車場:三の丸下側の観光駐車場を利用、トイレ有、土産店も有ります。
 2024津山城もみじまつりは11月16日(土)~24日(日)に開催。

 津山城も小雨が時々降る状態で探訪撮影、表門の冠木門から入城、門前では明日から始まる「もみじまつり」の生け花、デコレーション作業中、鶴山館側へ、屋台のテントも多数張られて明日からのイベントへ準備万端、鶴山館から一二三段の城塁石垣を眺めるばっちり備中櫓もその中に存在感を発揮、表中門にはイベント用に森家の家紋大幕が門中に二枚、備中櫓を二の丸より眺め、二の丸西の楓林にはもみじまつりデコレーションの和傘がカラフルに飾ってる、切手門、表鉄門より本丸へ、備中櫓に登り、天守曲輪、天守台へ登る、粟積櫓台方向は楓、銀杏の紅葉で赤に黄色、本丸を東方向眺めると天守曲輪東の仕切り石垣、本丸東の長大な石垣壁櫓台が見事に構えている、石垣城塁要塞の構に暫し見入る。
 
 沢山写真を撮りましたので個別にまとめて投稿させて頂きます。
  

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

半布里コミッティ

新調! (2024/12/04 訪問)

加治田城跡ののぼり旗を新調しました!
時間帯によって麓からのぼり旗がキラキラと光って見えます。

この日はとても天候がよく、東西南北どこを見ても加治田城からの景色は素晴らしいものでした。

麓の清水寺もきれいに紅葉してました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

トク

対新羅最前線基地(2/3):雷山神籠石(南水門)と雷山千如寺 (2024/11/28 訪問)

北水門から不動池に沿って南水門へ来てみました。わずかに石や列石が見られたのみで、こちらにはあまり遺構は残っていないようでした(写真①②)。

当時、北水門からは玄界灘が見渡せていて、新羅の襲来に備え見張りをしていたらしいのですが、今では木が生い茂っていて、ここから海は見えませんでした。しかし西の白糸の滝方向へ5分くらい行った所に眺望が開けていた場所があったのでそこから眺めて見ました(写真⑤⑥)。当時の兵(防人)たちは、毎日ビクビクしながらこの海を見張っていたのでしょうね。

またここから東へ車で10分程行った所には、「雷山千如寺」があります。境内には美しい庭園と雷山観音がありました(写真⑦⑧)。聖武天皇時代からある、かなり由緒ある寺のようで、多くの仏像や五百羅漢も圧巻でした(仏像などは撮影不可のためパンフレットで:写真⑩)。1588年の九州征伐で、高祖城に籠る原田信種を攻め落として伊都の地を制圧した豊臣秀吉が、寺の安堵を認めたという朱印状も残っていました(写真⑨)。

次は、その雷山神籠石から80年後に築城された「怡土城」(いとじょう)を訪れます。


【余談】紫式部(まひろ)と周明の運命は?
その雷山神籠石が築かれてから400年後(室町中期)の時の様子が、先週の大河ドラマ「光る君」で描かれていたのには驚きました。紫式部(まひろ)が大宰府から松浦(まつら)に行く途中に元(刀伊)の賊に襲われたという「船越の津」は、(写真⑥)の左端の所です。ならば藤原隆家が警固門(=鴻臚館=現在の福岡城)から出陣して戦ったのは、おそらくこの写真⑥の海岸付近だったのではないかと思われます。船越で(まひろ)を助けようとして矢を受け倒れた、あの周明の命はいったいどうなったのでしょうか? そして(まひろ)は賊に捕まってしまうのでしょうか?(それは明後日の放送のお楽しみ😲!)。
 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

赤い城

森遠城 徳島県美馬市 (2024/11/23 訪問)

城びと未登録、近くに登録城が無いので同じ美馬市の脇城のところでレポート出します。

脇町から県道で阿波の深い山中に入っていきます。
県道とはいえ細くカーブも多く、ポツンと一軒家を探す道のよう。
途中何回か鹿が飛び出してきました。
いないと思いますが行かれる方はお気をつけ下さい。

やっとの思いで森遠地区に到着、森遠八幡神社周辺が城跡です。
境内に駐車場はありますが大きな車は進入が難しそうです。

神社には近所の方が集まっていらっしゃいました。
見慣れぬ車なので驚かれた模様。
「森遠城を見学に来ました」と告げると「石垣と裏には堀がある」と教えていただきました。
神社の入口に石垣が残っています。
周辺を散策したところ、何か所か石垣もありますが遺構なのかは不明です。

神社裏手には横堀があり、一部が二重となっていました。
阿波では珍しいそうです。
神社から左手には井戸もありました。

平家の落人が築いたとされますがあまりにもの山の中。
誰も攻めて来ない場所のように思いました。
それでも空気は清々しく、近所の方たちも気さくで良い人達でした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

しんちゃん

中条氏の祖の名が寺名として残る。 (2024/05/05 訪問)

中条氏館は常光院の境内が館跡とされています。平安時代の末期、藤原氏の出身である常光は、長承元年(1132)に中条の地に館を構え、中条氏を名乗るようになったと案内板に記されています。館は1万8千坪ほどの長方形で現在は1/3ほどが常光院の境内になっています。
常光院は建久3年(1192)家長が祖父である常光のために館の一部を寺としたもので、門前には堀があり、境内の土塁にも居館跡の遺構が残っています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

しんちゃん

比定地二つ (2024/05/04 訪問)

城びとの地図だと世田谷文学館のあたりになるのですが、城郭大系には烏山神社(旧白山社)の並びにあり、烏山団地やウテナ工場のある高台一帯に築かれていたと記されています。どちらも比定地のようで、皆さん両方に行かれているので私もそうしました。
天文6年、扇谷上杉家の深大寺城に対する備えとして、小田原北条氏によって泉沢寺跡に砦が築かれ、家臣の高橋民部少輔氏高が守将として入ったとされています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ハッスルオヤジ

福井城 (2024/12/05 訪問)

徳川家康の次男である結城秀康によって築城されました。10年ぶりに再訪問です。福井県庁、県警本部になってます。

+ 続きを読む

ハッスルオヤジ

丸岡城 (2024/12/05 訪問)

柴田勝家の甥、柴田勝豊が築城したお城です。日本100名城に認定されてます。

+ 続きを読む

しんちゃん

世田谷城の北方を守る塁。 (2024/05/04 訪問)

赤堤村は戦国時代、吉良氏の頃より開発されていて、世田谷城の北方を守るために六所神社のあたりに塁を築いたとされています。このあたりの土地は豪徳寺よりジワジワ高くなってきていて頂部のあたりに六所神社があるようです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

しんちゃん

本丸の周りの堀切や土塁が残る。 (2024/05/06 訪問)

本丸は法宣寺の西側にある林の中にあって、周囲を堀が囲んでいます。虎口は南に付いているようだけど直接、堀を渡って入らせていただきました。ネットで縄張りを調べてみると、けっこう複雑な構造をしているみたい。基本的に平城だけど縄張りの複雑さは杉山城を思い出します。西に利根川が流れているので、戦国時代には水を引いて、本丸の北側は水堀になっていたのでしょうか。ますます攻めづらい‥。
しかし、内郭にはどうやって行くんだろう。土橋は無さそうなので、木橋を渡していたのかな?

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

しんちゃん

近くまで来たので‥ (2024/11/10 訪問)

筒井城は筒井氏の居城で、現在は宅地や田畑になっていますが、主郭の周囲に内堀と外堀が残っています。以前訪問した時の写真のデータが破損して、主郭の写真が無かったので、近くに寄ったついでに撮って来ました。
これだけだと物足りないので、近くにある筒井順慶墓所も訪問したのですが、鍵がかかっているようです。どうやらタイムリミットがあるみたい。筒井順慶公は天正12年に郡山城で亡くなり、奈良の円証寺に葬られましたが、後に当地に改葬されたそうです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ダイエティシャン

津和野城下町のちいさな農家のレストランにてモンブランつくり体験🌰 (2024/11/29 訪問)

びっくりするほどの量の栗クリームのシャワーを浴びて、モンブランの完成🌰
タルトの中身はホイップクリームと思いきや、食べてのお楽しみです。

津和野城下町のちいさな農家のレストランにてモンブランつくり体験。

今年は終了しましたが、来年もする予定とのこと。
詳細は、津和野町観光協会hp

+ 続きを読む

いんげん丸虫

天狗沢城 栃木県鹿沼市 (2024/11/10 訪問)

2017年に確認された山城です。
思川の南岸、標高220mの尾根に複数の
堀切、大きな竪堀、明瞭な主郭、
2.3曲輪、帯曲輪と疑いのない遺構が
あります。詳細は不明のようです。
最近の発見ということで、あまり期待
してなかったのですが、素晴らしくて
驚きました。
遺構の状態がとても良いですね。
嬉しくなります。
川沿いの道路、幅広い所に駐車可能です。
獣よけ柵を開けて数分の直登です。

+ 続きを読む

あき

広くて美しい土のお城 (2024/11/30 訪問)

八王子城の後 八王子駅からバスで滝山城址下バス停へ 八王子駅のバス乗り場は12番です バス停降りて反対側に渡り八王子駅方面のバス停の向こうはすぐ大手口 一気に雰囲気変わります 少し急な坂をの登り三の丸へ大きな堀がありテンション上がって行きます 馬出や曲輪を見ながら想像の中で矢や鉄砲に打たれてました 本当良く配置されてる面白い 中の丸でスタンプ貰い 本丸へ 井戸など見つつ神社にもご挨拶して日が暮れてきたので案内に沿って大手へ バスに登り八王子駅へ 駅の八王子博物館で八王子城と滝山城の御城印を買い帰路へ

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

あき

憧れの山城へ! (2024/11/27 訪問)

前日の米子城に引き続きお天気が心配でしたが 月山富田城行ってきました 安木駅からイエローバスで月山入口バス停へ 歴史資料館の目の前に着きます スタンプ押して資料館でジオラマ見て下準備して出発 尼子神社にご挨拶し曲輪を見学しながら進みます 山中鹿介の像にもご挨拶 花ノ壇へ復元された建物をみて山中御殿へ どのルートがら登っても山中御殿へ着きます 広い曲輪周囲は石垣で固められていました そしてウワサの七曲がり 山吹井戸など見ながら三の丸へ 現れた石垣に感動! そして本丸へ天気はイマイチだけどそれでも眺めが良い 山中鹿介の記念碑をみて勝日高守神社にもご挨拶 気持ち良く過ごしていたら帰りのバスの時間を失念していて慌てて下山 もっと見たい所あったのにー うしろ髪ひかれつつバスに乗りました お天気は何とかもってバスに乗った途端に大雨 尼子氏と山中鹿介さんたちにお礼を心の中で言いつつ再訪をしたいと強く思いました

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

半布里コミッティ

「山城に行こう!2024」に加治田城ブース出展します!

山城に行こう!2024 岐阜のお城大集合!ぎふオシロフェス に
加治田城ブース出展します!(7日・8日両日共)

今年もコミッティメンバーによる「ご協力金返礼」のティッシュペーパーケースと
ティッシュボックスケースを制作しました。
富加町にある文化財をデザインしたイラストが入っています。
お楽しみに!

また、可児市特別顧問による講演会や、城跡紹介ブース、物販・体験ブースなど
楽しいイベント盛りだくさんです。


開催日時 : 令和6年12月7日(土) 10:00~16:00 / 8日(日) 10:00~16:00

会場   : 広見地区センター  (メイン会場)
         岐阜県可児市広見7-77

入場料  : 無料

多くの方のご来場をお待ちしております。

+ 続きを読む

トク

対新羅最前線基地(1/3):雷山神籠石(北水門) (2024/11/28 訪問)

「雷山神籠石」は、663年白村江の戦いに破れた天智天皇が、新羅の反抗を恐れ(大宰府政庁・大野城・基肄城・水城)の防衛ラインに加え、さらなる最前線基地(兼見張台)として、670年頃に954mある雷山の中腹450m付近に築いた神籠石系山城です(石碑写真①)。

中央の不動池を挟んで、南に南水門、北に北水門があります。まず北水門を見学ました(写真②より入る)。排水溝は石垣で築かれていました。また今でも多くの水が流れていたのには驚きました(写真③④⑤)。また北水門から西と東の斜面には斜面を補強する列石もありました(写真⑥⑦)。この石垣の技術で築かれた水門や列石を見ると、今から1350年も前(まだ奈良時代より前の飛鳥時代です)に築かれた物とはとても思えません・・・石を削って並べるという発想があった事自体が驚きです😲! いかに新羅の脅威から必死に守ろうとしていたのかを感じました。

雷山神籠石が築城されてから620年後の鎌倉時代になると、鎌倉幕府(北条時宗)の命で元の侵攻に備え元寇防塁とともに高祖城(たかすじょう)を築いた原田種継の支城となり、ここは「筒城」と呼ばれていたようです。北水門にはその名の石碑がありましたが、それ以外の城の遺構はありませんでした(写真⑨)。

不動池は江戸時代に築かれた農業用溜池なので、もしかして館跡などの遺構はこの池の底に眠っているのかもしれません(写真⑩全体図)。

次は、「南水門」から「雷山千如寺」の方へ行ってみようと思います。

P.S 私がここを訪れた直後に放送された先週の大河ドラマ(12/1放送)で、紫式部が何とこのすぐ目の前の所まで来ていた事を知った時は驚きました(😱~!)。 そのあたりの話題も合わせて、次へ続きたいと思います。
 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

イオ

金森長近生誕500年 飛騨高山ツアー (2024/11/30 訪問)

ニッポン城めぐりのオフィシャルツアーに参加しました。金森長近生誕500年を記念して飛騨高山のゆかりの地をめぐるツアーで、加藤理文先生が全行程に同行して解説して下さいました。

名古屋駅に集合すると、まずは金森長近の飛騨攻めにおける激戦地、向牧戸城(城びと未登録)へ。飛騨地方は前夜は雪であり、郡上八幡を過ぎたあたりから一帯は雪景色、高速道路もチェーン規制されていて「大丈夫か、おい…」と思っていましたが、懸念のとおり向牧戸城は30cmもの雪に閉ざされており、まさかの登城断念…。まだ11月だというのにこの積雪。飛騨の冬の厳しさを身をもって知りました。

気を取り直して高山城下の素玄寺へ。金森長近の菩提を弔うために二代・金森可重が建てた寺院で、住職さんと「金森長近と城下町文化による地域の活性化推進委員会」会長の桑谷さんから素玄寺と金森長近についてのお話を伺い、通常非公開の金森長近の采配や軍扇などを見学させていただきました。金森長近というと、三英傑に仕えて越前大野と高山の町を開いたまちづくり名人…くらいの予備知識でしたが、いろいろと話を伺うとなかなかに興味が尽きない人物のようです。

ホテルでは参加者全員での宴会とクイズ大会。14チームに分かれてお城とニッポン城めぐりの知識を競うチーム戦で、練習問題は簡単(姫路城、松本城、さんじゅーろー)でしたが、本問は相当にマニアックで、私程度の知識と経験では全く太刀打ちできず、チームの戦力にはなれませんでした…。でも、城好き同士でああでもないこうでもないと頭をひねって問題に挑むのは楽しい時間でした。

ツアー2日目はまず松倉城に登城。三木氏が築き、飛騨攻め後に金森長近が改修したとされる城で、朝から霧が立ち込めていて眺望は全くききませんでしたが、この際、登城できれば文句はありません。発掘調査で確認された埋門などは普段は遺構保護のためブルーシートが掛けられているようですが、この日はシートを外して調査に携わっておられる加藤理文先生直々に解説いただきました。やはり専門家に解説いただけると、自分一人でめぐるより遥かに理解が深められますね。

松倉城に続いては飛騨東照宮と金龍神社に参拝。飛騨東照宮は三代・金森重頼が創建したもの、金龍神社は金森長近を祭神とする東照宮の摂社です。こちらでも宮司さんと桑谷さんから飛騨東照宮と金龍神社についてのお話を伺いましたが、宮司さんが「三木さん」と紹介された時に参加者(私含む)から「おおぉ…」とどよめきの声が上がりました。金森氏は江戸中期に出羽国・上山藩に移封されたため、高山には金森さんはほとんどいないそうですが、金森長近に追われた三木さんは今もこの地に多く住んでいて、その一人が長近の祭祀を司っているというのは不思議な巡り合わせですね。

昼食の後はツアー締めくくりの高山城。言うまでもなく金森長近が築いた城です。二の丸跡の金森長近公銅像の前で集合写真を撮り、加藤理文先生の解説で城内をひとめぐり。破城に伴って石垣はほとんど遺されていませんが、自分では気付かなかっただろう石垣をいくつも案内していただきました。

ニッポン城めぐりオフィシャルツアーは初参加であり、城友さんの参加も一人だけだったのでほぼ全員初対面でしたが、皆さん気さくに話していただき、おかげさまでとても楽しく過ごさせていただきました。ただ、ひとつ心残りがあるとすれば、ホテルでのクイズ大会の後にかるた大会ができないかなーと、出発2日前に届いたばかりの日本100名城かるたを持参しながらも、時間と会場の関係で実現できなかったこと…。やはりお城EXPOでのかるた大会に期待するしかないようです。
 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

特別設定 えきねっと限定 大人の休日パス スペシャルで青森の城めぐり⑧ (2024/11/17 訪問)

蠣崎城から帰路に着く途次で立ち寄りました。小川原湖の北端につながる内沼に半島状に突き出た部分に立地しています。南西と北東、それぞれの対岸に赴いてみましたが、登城路を見出すことはできませんでした。2022年4月下旬には六ケ所村の蝦夷館ツアーが開催されていて、昨年は鷹架沼南館だけのツアーでした。次の内沼蝦夷館ツアーがいつになるかわかりませんが、機会があったら是非参加してみたいと思います。持ち物に長靴とあるので、今回の断念は致し方ありません。古城盛衰記さんも登城にはかなり苦労されたようですしね。とりあえず、対岸からの遠景写真のみ、投稿させていただきます。今回の特別設定 えきねっと限定 大人の休日パス スペシャルを使っての青森の城めぐりはこれにて終了です。

+ 続きを読む

ページ72