15世紀末、広島湾頭では安芸国守護武田氏と周防の大内氏の勢力が声選していた。当時は広島湾に浮かぶ島で、仁保島と呼ばれていたことから仁保島城ともいい、広島湾頭に浮かぶ要塞の山城であった。
明応4年(1459)武田氏はその警固を府中城主白井氏に命じており、大内勢の侵攻のあったことも知られている。
武田氏が滅びた後、毛利氏の勢力がここにも及んで、弘治元年(1555)厳島合戦に先立っておこなわれた「仁保島合戦」では陶方の三浦房清の攻撃を香川光景が撃退しています。
城址には遺構は存在しないが、公園になっている三の丸周辺に石積み跡があります。
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