青森探訪の二城目は浪岡城。堀越城からは21km、車で30分ほど。
浪岡城は、南北朝時代に南朝を指揮した北畠親房の子孫、浪岡北畠氏によって1460年代に築城されたという。永禄5(1562)年に親族間の争いが起こり、その後浪岡北畠氏は弱体化し、天正6(1578)年に大浦(津軽)為信に攻められて落城する。廃城後は田畑として使われていたが、昭和15(1940)年に青森県初の国史跡に指定された。昭和52(1977)年から発掘調査が始まると12世紀後半代から16世紀末までの陶磁器や金属製品、武具など大量の遺物が出土しており、古くからこの地方の中心として機能した城館だったことがわかる。
城地は浪岡川の段丘に立地し、南は浪岡川とその氾濫湿地で防御、主曲輪である内館、それを囲む東館、北館、西館など八つの曲輪で構成されている。各曲輪間は中土塁を持つ幅20m程の水掘りで区画されており、中土塁が通路の役目をはたしていたものと想像できる。
北館は広大で、大身の家臣屋敷が並び立つ曲輪であったらしく井戸跡をはじめ遺構を復元展示している。
比高10m程の平城なのだが、各曲輪は広さもあり、中世の「土の城」の構造がとてもわかりやすいと感じた。
城址には「浪岡城案内所」があり駐車場(小型車は24台駐車可)を利用できる。また近隣には発掘調査の出土遺物を展示する「中世の館」もあるのだが第三日曜は休館(前記案内所も)だったため見学できなかった。
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