<オススメ>★☆☆☆☆
拳母城は徳川譜代の家臣が代々藩主をつとめた。戦国時代には今川氏が治めていたが、桶狭間の戦い後に織田氏の傘下に入る。江戸時代には、三宅康貞が1万石で入封。三宅氏が4代、鳥山氏(幕府天領)、本多氏3代、内藤氏7代が治めた。内藤氏は、矢作川の氾濫により何度も被害を受けたため童子山に移し、「三河国」「尾張国」「美濃国」「信濃国」「伊賀国」「伊勢国」「近江国」の7つの国が見える高台にあることから、「七州城」と呼ばれた。戊辰戦争では新政府軍に恭順する。現在、曲輪等が遺される。
<アクセス>
愛知環状鉄道線 新上挙母駅 徒歩15分
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