そまやまじょう

杣山城

福井県南条郡


旧国名 : 越前

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西御殿跡
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険しいにもほどがある が、落城したのか。杣山城(2/2) (2026/03/15 訪問)

 山頂に続く尾根の西端に西御殿を含む大小17の平坦地があり、西の急斜面の下に大きな堀切が見えます。本丸まで300mほどあります。途中に袿掛岩と名付けられた岩場があり、尾根に立ちふさがっています。南側は断崖になっています。落城時、夫人や女房たちが、この岩に袿をかけて飛び降りたとの言い伝えがあります。
 本丸付近はやや広く、帯郭や小郭が点在します。北に下ると東御殿があります。ここからも下山できますが、犬戻り駒返しの岩場に行きたいので、再び、本丸へ。東御殿から見ても、そちら方向の尾根がかっくんと落ちています。本丸から100mほど下ると、写真10の標識あり。「はしご有り 足元注意」の標柱が傾いている時点で、もう怖いです。写真9のような鉄梯子が2段設置されています。急なのも怖いけど、降りた先が狭く、すぐに断崖なのがとても怖いです。犬戻り駒返しを超えても城域は続きます。東西に150mほどある細い尾根上の平坦面にも途中三か所に堀切が設けられています。東端に下山道があり、急ではあるが、岩場がない道で、麓の花はす温泉裏に降りました。

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史跡 杣山城跡 ガイダンス施設完成間近です。 杣山城(1/2) (2026/03/15 訪問)

 城びと先人(朝田辰兵衛さん、ぴーかるさん)の投稿を見て行きたい城にノミネート。小雨ぱらつくなかですが、激しくならず、攻略してきました。下調べしている中で、南越前町教育委員会「史跡 杣山城跡整備基本計画」(2019年)を発見。正確な縄張り図も掲載されており、参考にしました。展示資料館も作るとあって、本当に建てるのかなあと思いましたが、現地を訪れると、完成間近の「史跡 杣山城跡 ガイダンス施設」ができてました。
 北陸街道に口を開く阿久和谷の入り口に二の城戸を設けて、数百mの谷幅全部を塞いでいます。一乗谷みたいです。杣山からの尾根に挟まれた少し開けた平地に居館跡があり、この手前に上記のガイダンス施設や駐車場が設けられています。居館跡の奥の害獣除けの柵を開けて、登城開始です。登場口はここと西の林道(中腹に駐車場あり)、東の花はす温泉脇からの三か所あり、山腹でも繋がっています。下から杣山を見上げると絶壁が見えます。教育委員会資料の地質図解説では、杣山はチャート層を頁岩層が挟んだ構造になっており、境界は断層。硬いチャート層が崖を作っていると。杣山城の前に登城したひうち城もチャートですね。山の上に池(殿池、写真10)があるようにけっこう高い位置から豊富に水が湧き出ており、頁岩を侵食して深い谷を作っています。居館跡からの道は残ったチャートの瘦せ尾根や崖を伝って行きます。姫穴、殿池を経て、西御殿跡の郭に至ります。既に結構、怖いですが、この後、もっと怖い場所に行きます。ちなみに、花はす温泉は、まわりに広い蓮池があり、各種の蓮が育てられている名所のようです。

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VagaryBoy

私と同姓の人が城主

北陸は苦手です。

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ぴーかる

杣山城 (2022/11/27 訪問)

【杣山城】
<駐車場他>杣山城跡山腹駐車場4台程度利用
<交通手段>車

<見所>堀切・土塁・建物跡
<感想>杣山城の築城は平安時代初期に源頼親が城郭を築いたという伝承が残っていますが、鎌倉時代の中期に瓜生衛により瓜生氏の居城としての再築がされているので山城と山麓居館の原型はこの時築造されたと思います。南北朝時代の城主瓜生保の時に新田義貞軍を受け入れ合戦の場となります。戦国時代には朝倉氏家臣が入城したり一向一揆軍が立て籠もったりしました。
 先に山麓居館跡を見ました。横に広い石積みの段状の居館跡が残っています。整備工事中でしたが日曜だったので十分内部散策できました。山麓には二ノ城戸外濠跡があります。山麓居館跡からも登山口がありますがこの日は既に山城4城目で流石に無理、山腹駐車場に駐車し攻城しました。城跡は西御殿跡の曲輪群、本丸の曲輪群、東御殿跡の曲輪群とに離れて分かれておりそこに至る尾根や曲輪群をむすぶ尾根には無数に堀切があります。西御殿跡・東御殿跡の主要部の曲輪には建物跡の石列が残っていて薄っすら顔を出しています。主郭にもあるはずですが埋まっているようです。西御殿と本丸を結ぶ尾根上に袿掛岩という巨石岩場があります。城主瓜生保の時の籠城戦で奥方・侍女が袿を岩に掛けて飛び降りたといわれ、のぞき込んだら本当に垂直に切り立った岩場は怖くて落ちたら最後ヤバいです。
 山腹駐車場からは西御殿跡⇒本丸跡⇒東御殿跡にたどり着きますが山腹からでも東御殿跡までは相当な距離があります。朝田辰兵衛さんも福井県で一番行きたいと思っていた城だけあって十分な見応えと攻め応えのある山城でした。

<満足度>◆◆◆

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 瓜生衡
築城年 鎌倉時代後期
主な城主 瓜生氏、新田氏、河合氏(朝倉氏家臣)
廃城年 天正元年(1573)
遺構 曲輪、土塁、堀切
指定文化財 国史跡(杣山城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 福井県南条郡南越前町阿久和、今庄社谷
問い合わせ先 南越前町役場産業振興課
問い合わせ先電話番号 0778-47-8002