行田市桑名市白河市の三市交流展「三方領知替え 200年記念 武門のレガシー」を見に来ました😁
開催は残り一週間。10月28日からは、桑名市博物館に移動するそうです。
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2023/10/08 07:09
武門のレガシー (2023/10/07 訪問)
行田市桑名市白河市の三市交流展「三方領知替え 200年記念 武門のレガシー」を見に来ました😁
開催は残り一週間。10月28日からは、桑名市博物館に移動するそうです。
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2023/10/08 00:02
その1 (2023/09/20 訪問)
2017年12月、城びとに会員登録して最初に投稿したのが赤穂城でした。(ひとことぼそっとつぶやいただけですが。)
その時以来、5年9ヶ月ぶりの登城です。
移築山門のある花岳寺と息継ぎ井戸に寄ってお城通りをすすむと、三の丸隅櫓が見えてきました。真っ白な櫓が最初に目に入るとホッとするし気分も上がります。
初登城時は大石神社と本丸のみの見学でしたが、このたびのマイミッションは“できるだけたくさんまわる”です。
赤穂城の見どころはパンフレットにもたくさん載っていますが、現地案内板(写真⑤)には88カ所挙げられています。藩士宅跡を除いても33カ所。なかなか手強そうです。
縄張りが独特なのもあって、図面を頭に入れて歩くなど私にはとても無理。三の丸から見学スタートしましたが、方角がわからなくなって地図をぐるぐるまわしたり、自分がその場でぐるぐるまわったりしながら、チェックポイントを求めて彷徨いました。
<つづく>
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2023/10/07 11:13
鷺山から見た岐阜城 (2023/10/07 訪問)
斎藤道三も、義龍が居る岐阜城を睨んでたのかなぁ、と妄想。
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2023/10/07 11:01
石垣探し (2023/06/10 訪問)
藪を掻き分けたり、竪堀に落ちそうになったり、残存している石垣を探すのに苦労しました。
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2023/10/07 04:45
2023/10/06 22:21
「勝山御殿」 勝山城(山城)は「いつかの玉越」 (2019/12/30 訪問)
勝山城の投稿ですが、勝山御殿でお願いします。なんのこっちゃですが
勝山城と勝山御殿はまったく別の城で勝山城(山城)は訪問していないんですね。
出来ればこの城は分けてほしかった‥。勝山御殿は幕末、長府藩主毛利元周が
急ぎ築いた石垣造りの居館(府城)です。本丸を二段に分け北に御台所(居間)
を配し、南に大御書院などの主要機関を配しています。その下には二の丸を配して
いるようです。石垣は打込接と切込接の中間のようにも見えますが、カズサンさんが
書かれているように落し積みという技法を使っているようです。名工・石川延右衛門
の築いた石垣は長石を巧みに使った、なかなか味のある積み方で芸術性すら感じます。
色もなかなかにカラフルでヘビの鱗のようです。(褒めてます)山城の勝山城は
いつかの玉越でお願いします。正直いつになるのやら‥ サムデイ戦士いつかマンに
ならないように頑張ります。(宿題)
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2023/10/06 21:42
2023/10/06 21:17
霧の中の高嶺城 (2019/12/30 訪問)
高嶺城は標高338mの高嶺の尾根上に築かれています。大内義長による築城とされ
尾根上に郭が続き終端の最高所が主郭で周囲に石垣が積まれています。東の郭が
ある周辺まで車道が続きNHKの中継所がある付近に駐車場がありました。
郭の名前は特に無く、登城道を西に向かい北に折れ曲がる箇所に大きな郭があります。
そこからさらに北上して行くと主郭にたどり着き主郭は周囲に石垣が残っていて
南側、北側に良く残り、南側には石段が続いています。霧が立ち込める中の
登城で写真もなかなかモヤっていますが、これはこれで良いのではないでしょうか。
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2023/10/06 20:49
越前府中城 (2023/08/19 訪問)
【越前府中城】
<駐車場他>武生市役所。私はシステムパークタケフ(コインP)に駐車しました。
<交通手段>車
<感想>越前ちょこ城巡りの旅8城目。越前府中には元々越前国の国府・守護所があった場所で越前府中城とほぼ同じ場所にあったようです。朝倉氏はこの場所に奉行を置き、朝倉氏滅亡後は織田信長が前田利家に府中を与えました。前田利家がこの時本格的な城としての建造をしたようです。関ヶ原の戦い後は越前国は結城秀康に与えられ、越前府中城には家老の本田氏が入り改築します。本田家の越前府中城は特例として一国一城令の対象から外されて御館として明治維新まで存続します。維新後に堀が埋められ現在は武生市役所となっています。市役所の隅にある復元石垣および表門が正覚寺の山門として移築されているので見に行きました。炎天下のなか竜門寺城と移築門を市役所から2往復してしまい、足がつってしまった。
<満足度>◆◇◇
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2023/10/06 20:18
出津教会堂 大野教会堂 (2020/01/01 訪問)
出津教会堂は長崎県長崎市西出津町にある教会堂で世界遺産に登録されています。
明治15年(1882)マルク・マリー・ド・ロ神父の設計による建設とされています。
レンガ作りで外壁は白漆喰を使用しています。鐘楼の上には聖母マリア像、隣にある
搭の上にはイエス・キリスト像が飾られています。
大野教会堂は長崎県長崎市下大野町にある教会堂で同じく世界遺産に登録されています。
ド・ロ神父の設計によるもので石造りの壁で囲まれ、通称ド・ロ壁と呼ばれています。
早朝の参拝になり外観のみの確認でしたが貴重な建造物を見学させていただきました。
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2023/10/06 18:53
2023/10/06 18:45
姫路城十景めぐり⑩……のかわりに。 (2023/09/19 訪問)
『姫路城十景』、残るは【増位山(白国増位山線のポケットパーク)】ですが、ハイキングコースのある「山」のようなので、今回は見送りました。
姫路城からの距離も3㎞くらいあるので、空気の澄んだ冬のほうがよさそう。
来年2月の西小天守公開に合わせて行けたらいいなと思っているところです。
そのかわり、というわけではありませんが【イーグレ姫路】の展望台に行きました。
イーグレ姫路は大手前公園の南側にある4階建てのコンベンション施設で、5階が屋上展望庭園(8:30~18:00)となっています。
駅前から続くビル群の最前列、姫路城展望の特等席です。
エスカレーターを上がった2階のガラス越しに見ることもできたので、まずここで眺めてから屋上へ。
城内(三の丸広場)からだと見上げるばかりだった天守が目の前にばーん!!
西の丸の端(ワの櫓)から東の端(帯の櫓)までが視界におさまります。Amazing !!
姫路城はとにかく大きいので、見るにしても撮るにしてもどこかで分断せざるを得ませんでした。
でもここからだと建物群を一目で捉えることができます。
ここに来て、初めて「姫路城を見た」と言えたような気がしました。
『るの門なう!』からスタートした姫路城めぐりはここで終了です。
「姫路城十景」は市民が気軽に見られるところという条件で選定されたそうなので有料施設は含まれていません。「イーグレ姫路」の展望台も無料です。(100円入れて見る望遠鏡があって、先に来ていた方が“まだ見られるからどうぞ~”と覗かせてくださいました^^;)
今回はいろいろな方角、場所から姫路城を鑑賞して歩いたのですが、だんだんと姫路城自体に人格(城格?)があるように思えてきました。姫路城を見ているつもりで、実は姫路城に見られている、そんな感じがするのは総構えをもつ城だったゆえかもしれません。
丸一日と少しの滞在でスッキリ満足したかといえば、さにあらず。もっと行ってみたいところが増えてしまいました。
姫路城十景コンプのための増位山、日本城郭研究センター、景福寺の松平明矩墓所や藩士の墓、姫路文学館にあるという大阪城残石、あずきミュージアム、書写山などなど。
全部まわるには姫ちゃり必須。
ミミちゃん号引退後、11月からは、30分165円、1日パスだと1430円の電動アシスト付き自転車となるようです。(姫路市公式ウェブサイト参照)
<おわり>
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2023/10/06 15:28
登山道 (2023/09/30 訪問)
一番キツいという馬の背登山道を登りました。
半分崖みたいな道でした💦
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2023/10/05 23:31
姫路城十景めぐり⑨ (2023/09/19 訪問)
【手柄山(緑の相談所広場)】
名古山霊苑から手柄山公園までは4㎞弱と少し離れています。
既に16時近かったので歩くのはやめて、とりあえず姫路駅までバスで戻れないかと思い検索してみると、800メートル離れたバス停から10分後に出るバスがありました。
悩んでいるヒマはないほどちょうどよかったので霊苑の階段を駆け下り、ぴったりの時間にバス停(車崎)に到着。姫路駅まで戻りました。
姫路駅からは徒歩20分くらいですが、山陽電鉄でひと駅の手柄駅が最寄駅。時刻表を見ると3分後に出る各停があり、これもぴったりに乗れました。
手柄山公園は文化・スポーツ施設を複数備えた大きな公園です。
「緑の相談所広場」は写真①→②の階段から行けました。
姫路駅の南側からの眺めになります。
人々の経済活動空間を飛び越えたところに見える天守。
こんなにたくさんのビルがひしめいているのに、飲み込まれることもなく平然と構えています。
写真③~⑩には全て天守が写っています。新幹線(500系と700系)が通るのを待って撮ったのもありますがわかりにくいかなぁ。
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2023/10/05 22:53
2023/10/05 22:48
2023/10/05 21:43
訪ねる度に新しい発見がある (2023/02/11 訪問)
2月に行ったオフ会のために一から調べ直したら、西に偏って見える主郭が実は城域の中心で左右対称の構造らしいとか、失われているように見える本丸大手が残存しているとか、いろんな発見があって面白かった。
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2023/10/05 17:37
2023/10/05 17:24
2023/10/05 11:06
71【関ケ原の26人】(24) 島津義弘 (島津四兄弟生誕の地:伊作城②) (2023/09/24 訪問)
(伊作城①)の続きです。
薩摩では各曲輪に城の名前を付けるようです。本曲輪は亀丸城と呼ばれていました。その他にも、御仮屋城、蔵ノ城など7つの主な曲輪があったようです(説明写真①②③)。
ここ伊作城は島津の城の中でも最大級クラスの城だったようです。しかし訪れた時は全体的に背丈ほど雑草が伸び、あまり整備されていなかったので、今回はその全容がよくつかめませんでした。亀丸城と御仮屋城以外は雑草で歩ける状態ではなく、曲輪間を渡る橋も崩落していたため行けませんでした(写真④⑤)。
各曲輪の間はとても高い空堀で仕切られていました。その中で、亀丸城と御仮屋城の間の空堀は、ロープを伝って下りる事ができるようで「空堀の底に下りてみませんか」と書いた看板があったので(写真⑦)、ここは勇気を出し😠恐る恐る下りて見る事にしました。大量の蚊や蜘蛛の巣や倒木と戦いながら気をつけて下りました(かゆい~)。傾斜も急でシラス台地はよく滑ります。そして降りた後に下から上を見上げると(うわ~!😲)とても高く垂直の土壁に圧倒されてしまいました。10mくらいはありそうですが、風化されている状態でこの深さなので、昔はもっとこの倍くらい深かったのではないかと思います。写真ではわかりにくいかもしれませんが、まるで深い土壁の谷底へ落ちてポツンと取り残された感じです。この高さでさらに土が滑るので、ここから攻めるどころかロープがなければ上に登って戻る事すらできません。これで各曲輪を完全に遮断していたようです。島津はいったい何という城を作るのでしょうか!(写真⑧⑨⑩) この空堀はさらに下に深く続いているようなので行ってみたかったのですが、さすがに蚊の大群に囲まれ続け、あまりのかゆさに耐えられず、蛇など出ると怖いので断念しました。ここは冬に来た方がよさそうです。
次は、義弘が少年期を過ごした(一宇治城)を目指します。
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