大波城を終えて場所も近く陽も有り、7年前に相馬中村城初登城前に国道115号線より霊山城の各峰を眺めて居りましたが、自身の体力脚力では登城も叶わず、せめて麓より名峰を眺め霊山城、北畠顕家を偲ぶかなと、霊山町石田辺りより林道県道31号線を走り林間より見える峰々を眺めつつ、霊山閣登山口まで走行約4km程、同登山口には霊山紫明峰縦走マップ(霊山閣登山口)が掲示されて居ります、三角コーナーに駐車が可能。
引き返して「りょうぜんこどもの村」入口より名峰霊山を別角度で眺める、行きは国道115号線でしたが福島への帰りは新しく開通した東北中央道無料区間の霊山飯舘ICから霊山ICを利用し道の駅伊達りょうぜんで資料などを探し求める、また道の駅内部に霊山寺復元画「中世寺院城郭霊山城」が掲載されていました、ありがたく撮影。
歴史的には南北朝時代南朝の大忠臣北畠顕家が義良親王を奉じて陸奥の国府を多賀城より移し国府を開き霊山寺院城郭化し南朝の陸奥の拠点とした、北畠顕家はじめ陸奥勢は義良親王を奉じて上洛を開始、10年余りで北朝との攻防の末落城、若き北畠顕家が偲ばれます。
参考資料:グーグルマップ、伊達市観光ガイド道の駅で入手
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