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じゅんじん

外堀めぐり (2011/10/07 訪問)

名古屋城は外郭がどでかいのです。

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じゅんじん

崩れた? (2011/04/16 訪問)

木の切りすぎか?保存は難しいですね。

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じゅんじん

信玄公最後の戦 (2011/01/22 訪問)

深い堀が残る森の中の城址

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じゅんじん

新城発祥の地 (2011/01/22 訪問)

今では鳳来町と作手村もくっついてでっかくなりました。

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todo94

2度目のスタンプラリー (2012/05/12 訪問)

今回で3回目の岡城だが、最初が7月、前回が8月で共に真夏の暑さの中での攻城。今回は5月だが、確実に夏日にはなっていて、やはり暑さの中での攻城となった。すべて晴天の下であるのはありがたい限りである。100名城のスタンプを捺し、西の丸から攻めていくが水糸が張ってあって発掘調査中の様子。迂回して覚左衛門屋敷跡まで脚を伸ばした。屋敷の間取りが復元されていたが、ここに踏み込むのは今回が初めて。三の丸の高石垣や滝廉太郎の銅像がある二の丸、そして本丸の御金蔵跡までしっかりと見て回った。

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todo94

質実剛健 (2012/06/04 訪問)

伊豆長浜城は北条方の城で西方の武田水軍に対する備えを強く意識した水軍の城。きれいに整備されすぎている感がなくもないが、曲輪や土塁、空堀などをきれいに見ることができさすが国史跡の城と言った佇まい。知名度は琵琶湖畔の長浜城に大きく劣るが、貧相な天守台を作って模擬天守をのっけた近江長浜城より遥かに好感が持てる城である。

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todo94

三枚橋 (2012/06/04 訪問)

沼津城本丸跡にある城址碑に立ち寄っていった。宮城谷昌光著「新三河物語」に大久保忠佐の居城、三枚橋城として登場していた。

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todo94

春風亭昇太師匠ゆかりの城 (2012/06/04 訪問)

中世山城マニア、春風亭昇太師匠の著書「城あるきのススメ」に出てきた庵原山城にも足を向けたのだが、登城路が分らずじまいで退散する。

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todo94

里見公園 (2012/06/24 訪問)

2011年に国史跡に指定されたばかりの岡本城。里見氏の本城であった時代もあったためか、里見公園となっているが、とても公園と言えるような整備状況ではない。同時に国史跡に指定された稲村城に比べると、城としての魅力にも物足りなさを感じてしまった。

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にのまる

目の前なのに。 (2018/03/25 訪問)

前橋城とは利根川をはさんでちょうど対岸です。元亀三年、厩橋城(前橋城)の謙信を見据え、信玄がここに布陣しました。今では片方は市役所、もう片方は児童公園です。
川を越えて侵攻できないので、ぐるーっと回って橋を渡って行きました。

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にのまる

ここの土塁は登ってはいけない。 (2018/03/25 訪問)

甲も相も越も絡んだ厩橋城。
今は土塁が市役所をガードしています。
県庁展望室から見た夕日に燃える浅間山に、武田氏滅亡のひと月前の大噴火を思い出し(←嘘)、勝頼さんの運の弱さに切なくなりました。。。( ;∀;)

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赤松円心

桜と障子堀が美しい河村城 (2018/03/28 訪問)

平安の頃に築かれ、南北朝には新田義貞も在城し、戦国時代には北条が領した河村城。
三方に伸びる尾根上に堀切を設けて郭が配置されています。
主郭に広がる桜と、小郭周りの整備された障子堀がとても美しいお城です。
樹木もある程度伐採されていて、眺望も見事でした。

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コロスケコロコロ

徳丹城跡! (2016/04/22 訪問)

ドライブ中に突然案内が出てて、道を挟んで小学校側にも案内があって、サプライズで良かったです。

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コロスケコロコロ

新田城跡! (2016/04/20 訪問)

眺めが良かったです。

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オダリン

途中で断念した幻の城 (2015/04/11 訪問)

本丸、二の丸、土塁や水堀の大部分が残っている。

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オダリン

桶狭間の戦いの前哨戦 (2014/04/08 訪問)

丸根砦、鷲津砦が狭いので大高城は期待しないで行ったが期待が裏切られた。桜の木も植えられ本丸、二の丸も綺麗に整備されていた。

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todo94

小糸城 (2012/06/24 訪問)

「南関東の名城」には小糸城として載っている。それなりの山城なので覚悟して登り始めたが、登城路は岩盤を削って石段としたもので、少し前に降った雨が地下水としてしみ出してきて流れを作っている状態。ウォータースライダーのようなすべりやすさで危険なことこの上ない。更に落ち葉がたまってスポンジ状に大量の水を含んだ箇所も多く、登城にはかなりの困難を伴った。広々とした千畳敷、その上の御殿西向三段など、土の城の魅力は満喫できる城であった。

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todo94

戦国情緒 (2012/06/24 訪問)

てっきり中世山城かと思っていたが、登城口に当たる三の丸にいきなり石垣があって吃驚。佐貫藩の城として幕末・明治まで存続していた城だったのだ。ただ、三の丸から先の二の丸や本丸は戦国の土の城の趣がたっぷり。下草がかなり茂ってきていて靴がぬれてしまったが、本丸の奥の最高所まで脚を伸ばしてしまった。

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todo94

すかいわーどあさひ (2012/07/09 訪問)

尾張旭市でのお目当ては戦国名像ハンドブックにイケメンナンバー3にあげられている毛受勝助家照の銅像。賤ヶ岳で柴田勝家の身代わりとなって死んだまさに「猛る肉食系イケメン」。それにしても「毛受」は「めんじょう」と読むとは知らなかった。尾張旭市には「すかいわーどあさひ」という無料で登れる展望タワーがあるので向かってみた。何と城山のてっぺんに建っている。麓には旭城なる城郭風建築もあったので、すかいわーどあさひ内の3F歴史民俗フロアで調べてみたら、旭城の裏手に新居城という城があることがわかったので立ち寄ってきた。土塁は残っているが、二の丸はテニスコート、弓道場になっていて遺構はかなり破壊されてしまっている。

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todo94

街中の城 (2012/07/09 訪問)

都市部の城としては堀などの遺構がよく残っていると評判の末森城。城山八幡宮の周囲を空堀がめぐっているのだが、確かに大名古屋市の街中にこれだけの城が残っているというのは凄いことである。

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