小机城の投稿です。続百名城の中でも地味な城だと思うのですが、市街地の中に遺構を多く残しているのが特徴ですね。地主の皆さんありがとうございます。文明8~12(1476~1480)年に起こった長尾景春の乱の際に景春に味方した豊嶋氏が立て籠もり、敵方の太田道灌に攻められ二か月の攻城戦の後に落城したそうです。
「小机は先手習いの初にて、いろはにほへとちりぢりになる」とは道灌が味方を鼓舞するために読んだ歌とされています。道潅は一連の戦いで獅子奮迅の働きを見せ、名声を覆いに高めますが、危機感を抱いた主君・上杉定正によって謀殺されてしまいます。
後に小田原北条氏の城となり、笠原信為が城主として入り、子孫は代々付近に居住しているようです。
城址は「小机城址市民の森」として整備され本丸、二の丸を中心に曲輪や空堀が良く残ります。傾斜は比較的緩くなってはいますが、竹林の中に残された空堀は独特の美しさを持っています。
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