愛知県名古屋市の百名城の一つ名古屋城です。16世紀前半今川氏の一族那古野氏が築城しています。1538年頃織田信秀(信長の父)が奪取、居城とし那古野城と名付け1546年頃信長に与え、自身は古渡城を築き移っています。1554年信長は清須城の守護代織田信友を殺害し城を奪い清須城へ移り、城は廃城となったとされます。1603年家康が徳川幕府を開き1609年那古野城の跡地に天下普請で築城を決定、翌年から加藤清正など西国20大名が参加し築城が開始され、1612年天守や各櫓が完成、1615年本丸御殿、1617年二の丸御殿などが完成、天下の名城として名をはせます。徳川御三家尾張藩の居城として、家康の九男義直が初代藩主となり明治維新まで続いています。御三家は徳川宗家に跡継ぎがない場合、将軍をだす立場にありましたが、御三家筆頭の尾張藩からはついに将軍はでていません。明治維新後は陸軍省の所管となり、明治26年宮内庁所管となり名古屋離宮となっています。昭和5年名古屋市に下賜され国宝に指定。昭和20年5月第二次大戦の空襲により天守外24棟が焼失、空襲を免れたのは本丸の2つの櫓と御深井丸の1つの櫓、本丸の表二之門と二之丸東二之門(本丸東二之門跡に移設)、二之丸大手二之門で、昭和34年鉄筋コンクリートの天守と正門が再建、平成21年本丸御殿の再建が始められ、平成30年完成を目指しています。最近のニュースで天守の耐震強度が不足のため、立入禁止・木造での建替を検討しているそうです。城は本丸の南東に二之丸、南西に西の丸、北西に御深井丸が配され、さらな南から東側に三の丸がある平城で、三の丸は現在官庁街となっています。
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