三島駅から8kmのところに山中城跡という史跡があり、今回はそこを訪問。まず駐車場内にある売店へ。店自体は(年末年始ということで)閉まっていたのですが、予め用意されてる小さいジップロックに名前と住所と電話番号と枚数と合計金額と訪問日を書いて、枚数分と送料の合計金額を袋の中に入れて、専用ポストに投函するシステム
私の場合は(1枚なので)300+(送料)200=500円を中に入れて投函。袋の表面にボールペンで必要な情報を書く際、インクが薄くて書きづらいという不便もありましたが、おそらく大丈夫と見なせる程度に書き上げ、何度も確認してから投函しました📮
画像1枚目はここの概要について紹介した案内板。紹介文をコピペすると…
山中城は、戦国時代末期の永禄年間(1560年代)に、小田原に本城をおいた後北条氏が築城しました。その後天正17年豊臣秀吉と不仲となった北条氏政は、秀吉の小田原攻めに備え、急遽堀や岱崎出丸(だいさきでまる)等の整備、増築を行ないました。
しかし翌天正18年(1590年)3月29日、増築が未完成のまま、4万の豊臣軍の総攻撃を受けました。北条軍は4千で、必死の防戦もかいなく鉄砲と圧倒的兵力の前にわずか半日で落城したと伝えられています。
2枚目は「史跡 山中城址」と彫られた石柱。こういうのを見ると文字から与えられる印象として、「ああ…やはり自分は山中城にいるんだな🏯」という気分にさせられますね
画像3枚目は出丸御馬場跡。漢字だけではイメージしづらいですが、画像から見えるその深い堀と急角度な坂…つまりここは敵軍の侵入を防ぐための強力なトラップと考えればいいと思います。一度堀に落ちたらなかなか這い上がれない…そして敵兵の矢を受けてジ・エンド💀…そういう姿が容易に想像できます
4枚目も同じく敵軍を防ぐための堀。3枚目の前にこの堀が存在しているため、ここを突破しても更にまた別の堀が待ち構えてるわけ。私が今まで見てきた城跡は、堀らしきものはあっても草木に埋もれていてあまりよく分からない…という場所が多かったので、これほど堀の深さと凄さが分かるのは初めてだと思えました🫢
5枚目は城跡の地図。御城印購入の手続きをした後、この地図を目にした時は(エリア全部を巡るのは無理そうなので)本丸だけにしようと思ったのですが、あまり時間に余裕が無かったので、サクッと行けそうな一ノ堀…つまり地図の左側だけを巡ることにしたのです
その行程で撮影したのが1枚目〜4枚目までの画像。30分程度でサクッと巡れる範囲でしたが、そこを見るだけでもこの城の防御力の高さ、攻略の難しさが伺えました
深い堀と急な坂…おそらくその上からは北条軍の矢の雨が敵軍を襲い、そこは修羅場と化した…それを秀吉は大軍を動員しての力攻め…ひたすら数で押してこの城を陥落させた…北条軍は防御側有利を活かして必死に奮戦するも、じわじわと突破され次々に兵士が倒されて、そして全滅…という姿が目に浮かびました😌
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