ほりえやかた

堀江館

福井県あわら市

別名 : 番田城、番田堀江館
旧国名 : 越前

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堀江景經 (2024/05/30 訪問)

 堀江氏は坂井平野北部の荘園を支配した有力武将で南北朝期から室町時代前期にかけては斯波氏の下で勢力を振るい、朝倉氏が台頭してくると重臣となったと伝わっています。番田の堀江館跡に行きました。

 えちぜん鉄道三国芦原線番田駅から徒歩約3分の場所に石碑と説明板があります。

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カズサン

堀江公番田館は田園の中 (2024/04/19 訪問)

 丸岡城を終えて北陸路2番目北西約8.7km程の堀江館に初登城する、えちぜん鉄道三国芦原線番田駅の近くです。
 
 駐車場:有りません、竹内農園西標柱の前のジャリ農道路駐、竹内農園東100m程の幅広道路駐(36°12'46"N 136°12'19"E)交通量は少ない
 参考資料:余湖図コレクションさん、グーグルマップに依る

 竹内農園の西、水路の西に標柱「堀江公番田館跡 南に100m」が有りジャリ農道を南へ幅は5m程ありましたので直接乗りつける事も出来ます。
 現地の堀江館は堀江公番田館跡と称されています。跡地には館名石碑、解説石盤、祠が祀られ建っています。田園、田圃の中にポツンと残されています、草も刈られて地元の方々に大事にされて居るようです。
 観察時丁度、えちぜん鉄道の電車が番田駅に入って来ました、ブルーとクリームのツートンカラーで奇麗な電車でした。
 石盤、石碑、標柱のみ観察して短時間の探訪でした。

 解説石盤によると、この史跡は中世の頃坂井郡一帯を支配した堀江公一族の居館跡、系譜は藤原鎌足の流れ、鎮守府将軍藤原利仁の子孫で堀江の地に住み、堀江を姓とした。
 代々斯波氏、朝倉氏に属して武功を以て鳴る。(石盤抜粋)
 

 

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しんちゃん

三つの堀江館が存在。 (2023/12/09 訪問)

堀江館は番田・中番・下番の三つが存在するようで、下番と中番の二つは隣接しています。最も古いのが番田の堀江館で城びとの地図で示されているのがそうです。館の主の堀江氏が加賀一向一揆との戦いの後、一揆勢に備えて番田から下番に本拠を移したようです。中番の館は春日神社の境内と見られ、下番の館は本荘小学校一帯に築かれていて堀と土塁を備えていたようです。本荘小学校と春日神社の間には堀跡とおぼしき跡が見られ、西側の土塁があった場所にはそれらしい土盛りがあるようです。小学校の北側には堀江館と関係ありそうな石碑と石塔が立っています。

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くうくう

堀江郷を支配した中世領主堀江さまの番田館

長禄年間(1457-60)堀江景経が館を築いた。景経は鎮守府将軍藤原利仁の後裔で河合斎藤氏の系統、郷名を以て性とし始祖となる。堀江氏は後に朝倉氏に属し坂井郡一帯(堀江郷)に勢力を張った。番田館には石碑、説明、祠などがあるが遺構は残ってない。後に下番館(本荘小学校あたり)に移る。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 堀江景經
築城年 長禄年間(1457〜1460)
主な城主 堀江氏
遺構 消滅
指定文化財 市史跡(堀江公番田館跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 福井県あわら市番田(地図は石碑の場所を示す)
問い合わせ先 あわら市経済産業部観光商工課
問い合わせ先電話番号 0776-73-8029