(26人目)井伊直政の続き⑰です。
いつも何事にも完璧に思われる直政ですが、1度だけ人生最大の失態をした事があります。それは(浮気)です。私は芸能レポーターに変身し😎、その浮気現場を訪れてきました。ではまずそれまでの経緯についてからお話します。
天正壬午の乱の後の北条との和睦を成立させた翌年の1583年、直政は松平康親の娘「花(=唐梅院)」と結婚します。それから豊臣秀吉と対立した小牧長久手の戦いの後、1589年に花は身ごもり「直継」が生まれます。しかし、この花が身ごもっている最中に、何とその花の待女「阿古」とも関係があり、その侍女も同時に身ごもってしまいました(😱~)。これを知った花が怒り心頭になったのは言うまでもありません。花はその待女を城から追い出します。浮気をして、それが最悪のタイミングで妻にバレるとは、直政人生最大の失態ですね(笑)。この後、直政が花に一生頭が上がらなくなったのは言うまでもありません(笑笑)。
焼津駅から1km程北へ行った「中里」という所に、「直孝産湯の井戸」という所があるので行ってきました。その待女は実家に帰り、ここで翌1590年に直政の子「弁之助」(後の井伊直孝)を生んだという言い伝えがあります。これには諸説ありますが、後に直孝は自分が生まれたのがここだと知り、井戸の隣にある若宮神社に寄進している事から、直孝が生まれたのはここで間違えないようです。
では次は、なぜそもそもこうなってしまったのか? その浮気のなれそめと、そしてこの結末はいったいどうなったのか?・・・に続きます。(🤔これもしかして人生の教訓ですか?)
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