【長野氏城跡(三重県津市美里町)】
<前説>長野氏は元々は工藤氏を名乗り中世には中部伊勢2~3群を支配した有力国人。区別の為に長野工藤氏と呼ばれている。長野氏の城は美里地区の標高500㍍程の山城と国道163号線沿いの標高230㍍程の丘陵尾根に東の城・中の城・西の城がある。いずれも築城年は1274年、廃城年は1570年で信長の進行により織田信包が工藤氏の養子となり、信包が居城を伊勢上野城に移り、のち織田姓に戻ったために長野工藤氏は消滅した。一族に;近江大溝城主となった分部光信がいる。
山城と丘陵にある3城共に国史跡となっており、今回先に未だみなさん投稿なしの「東の城」「中の城」「西の城」を攻略したので以後投稿致します。
今回の添付写真は城跡入口の案内板・山あいの土どめの石積み・居館跡と思われる曲輪の石垣・その横の堀切を添付しています。
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