【瀬田城】
<駐車場他>駐車場はなし。
<交通手段>京阪石山坂本線 唐橋前駅より徒歩
<感想>JR・京阪・阪急 3電鉄利用の旅2城目。瀬田城は山岡氏が興った永享年間(1429~1441年)に築城されたとされ歴代山岡氏が治めていた。戦国時代山岡景隆は織田信長に仕え、有名なのが本能寺の変の際に景隆は瀬田の唐橋と瀬田城を焼いたことで明智光秀が安土に向かうのを3日間足止めしている。現在は県道号線の道脇に石碑が残るのみとなっている。
瀬田の唐橋は乱の起こるたびに焼き落とされた橋で、本格的に架けたのが1575年、織田信長が家臣となった山岡景隆に命じたものがあるようです。その時橋に初めて擬宝珠が付けられたそうです。また俵の藤太の大百足退治発端の場所でもあります。琵琶湖の龍神が翁に化けて、三上山(現在の近江富士)に巣作った大百足が琵琶湖の魚を食べつくして困っているので瀬田の唐橋でスカウトした藤原秀郷(俵の藤太)に退治をたのみます。先に行った浮気住吉神社と繋がって納得しました。
古代の時代から交通または軍事の要衝の場所で今でも西側の国道422号線と東の県道559号線を結ぶ橋となっており右折渋滞がよく起こっています。私も車やバイクで行楽の度々渡った経験がありますが、徒歩でじっくり鑑賞しながらは初めて。
<満足度>◆◇◇
+ 続きを読む










