大鳥城、桑折西山城を含む城廻りの2日目、宮城県亘理郡辺りから福島県相馬郡の浜通りに未踏の城が在り小堤城からと思って居りましたが北側の近くに未踏の鵜ヶ埼城が有りそこを目指す事に、白石のホテルを朝早く出発し国道4号線を北上。
情報源:古城盛衰記さん、グーグルマップ拡大し航空写真と周辺地図に由る。
車は鵜ヶ埼城の在る公園のドン詰りにナビをセットし岩沼駅西側から進行周りは住宅街狭い道、若干行き来はしましたが鵜ヶ埼公園のドン詰まり本曲輪下に路駐、(ここはUターン出来ませんのでバックしT時点でバックで曲がって帰路へ)、駐車場は有りません。
鵜ヶ埼城は江戸期仙台藩21要害の一つ岩沼要害として機能して居ました、最上部が本丸か?下に二の丸、土塁が見られ、二の丸南、西下に帯曲輪らしき平地で更に西側は落ち込んでおり空堀、沼地跡なのか?しかし小公園鵜ヶ埼公園の周りは市街化、住宅地に成ってる、約150m東にはJR岩沼駅で旧岩沼要害はJR、市街化で埋没したようです。
歴史:鵜ヶ埼城は古くは「武隈館」と呼ばれ、平安中期の歌人・源重之が奥州に下向した時築城したのが始まりと伝えられてる、戦国期は城として機能したが江戸期一国一城令後は仙台藩内に21箇所ある要害の一つと位置付けられ岩沼要害と呼称、寛文元年(1661年)岩沼藩3万石として仙台藩の内分大名田村宗良の居城となった、延宝9年(1681年)田村氏が一関へ転封となると、以降古内氏が拝領し居館としていた。
明治維新後は廃館と成り明治20年東北本線が施設された際に要害の一部が駅と成るなど大きく姿をかえていった。(案内板/標柱による)
路駐も気に成りサラッと巡って撮影し10分ほどで次の小堤城を目指しました。
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