あの織田信長が攻めてくるとなって城を強化したと思われる、小城ながら大規模な土塁、堀切がある。実際に登城してみると、城主衣笠氏の戦いに臨む決意、信長に対する恐怖すら感じさせる規模だ。曲輪、土塁、堀切など遺構が良く残る山城ファン必見の城だ。
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2021/10/27 08:58
2021/10/27 08:18
一日とことん彦根城(第二郭) (2021/10/03 訪問)
(続き)
内堀と中堀の間の第二郭には、藩校弘道館や重臣の武家屋敷、藩主の下屋敷と庭園が配され、中堀には長橋口、船町口、京橋口、佐和口の4つの虎口が設けられていました。
さて、大手門橋から内堀沿いに北へ。以降の移動はそこそこ距離もあるので、車に積んできた折りたたみ自転車です。米蔵跡の水門や山崎御門を内堀越しに眺めながら北端の長橋口に向かいましたが、未整備で近づけませんでした(山崎曲輪から内堀越しに門跡の石垣を見ることができます)。
西に向かい船町口を出ると、幅の広い中堀が北と南東方向に広がっています。第二郭の中堀側は犬走のある石垣が続いていて、中濠東西通り沿いの説明板のあたりからは中堀越しに天守を仰ぐことができます。
南部の京橋口から中堀を渡って第二郭に戻ると、京橋口御門の両側にあった多聞櫓に続く雁木が見られます。雁木を横目に進んだ先には旧西郷屋敷の長屋門が続いています。旧西郷屋敷は現在は裁判所になっていますが、何の気なしにのぞき込んでみると、長屋門の内側には「交通事件受付」や「執行官室」の表記が。長屋門は非公開ですが、裁判所の庁舎の一部として活用されているんでしょうか?
内堀の鉢巻腰巻石垣を眺めつつ東側に回り、馬屋はスルーして東部の佐和口へ。これまで何度も通っていながら意識していませんでしたが、櫓門の礎石がしっかり遺っています。
そして、第二郭の締めくくりに玄宮園と楽々園へ。何度も訪れているので今回はさらっと流しましたが、玄宮園から仰ぐ天守はやはり絵になりますし、楽々園も保存修理を終えて公開される日が楽しみです。さらに少し足を延ばして金亀公園へ。金亀公園からは山崎曲輪の石垣や、楽々園と玄宮園の東側に回って裏手の石垣を見ることができます。
これで第二郭もひとめぐり。続いては、城下と外堀めぐりです(続く)。
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2021/10/27 07:28
さてお城はあったのかどうか (2021/08/09 訪問)
城めぐりアプリ等では筑土城と別々に登録されているが仮にそれぞれのお城が実在したとしてもスペース的には重なっていた(というより同じ場所だった)のだろう。さてお城はあったのかどうか。
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2021/10/27 07:18
2021/10/27 00:20
鎌倉城~鎌倉七口切通しめぐりの続き~ (2021/10/19 訪問)
年始に5か所(亀ヶ谷・巨福呂坂・化粧坂・大仏坂・極楽寺坂)まわったところで力尽き、行けなかった朝夷奈と名越の切通しに行ってきました。
朝夷奈(朝比奈)切通しは京急線の六浦駅から3kmくらい。一昨年の大雨と台風で通行止めになっていたことは承知していましたが、入り口の確認だけでもと行ってみました。鉄工所の横の入り口から見える切通しはものすごく惹かれるものがありましたが、ちょっと覗いてみるだけで我慢です。生活道路ではないので改修は急がれないかもしれません。
名越切通しは朝比奈インターから金沢街道を通って鎌倉方面に5km強のお散歩。いくつかある入り口のうち、法性寺側から登っていきましたが、ここは楽しい!細くてカーブだらけでごつごつの岩の道を登ったり下ったり……。(多分)竪堀や(おそらく)堀切、(きっと)曲輪などの城要素もあって、ただの抜け道じゃないよ感満載。置石トラップも面白かったし、お猿畠の大切岸は元は石切り場だったようですが、近くで見ると大迫力でかっこよかったです!
ただ、午後の早い時間だったので大丈夫でしたが、夕刻の訪問は厳しいと思います。7か所の切通しを一日でまわられるのでしたら、名越はなるべく早めの明るい時間に行かれた方が安全かと思います。
鎌倉はあてどなく、適当に歩いていても何かしらあって楽しいところです。また行こ♪
<追記>七切通しには数えられていませんが、釈迦堂切通し(通行止め)の入り口とその近くのやぐら(お墓)も行ったので写真をUPします。
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2021/10/26 22:46
武家屋敷門 (2021/10/25 訪問)
東京を歩いていたら、唐突にドドンと現れた武家屋敷門。
え、隣の女子校の敷地!?女子校に武家屋敷門??
よくわからないまま、とりあえずパチリ。
帰宅後、学校のHPを検索したら、2016年に移築されたものだそう。
老中本多美濃守忠民の屋敷門で、代々老中職の役屋敷の表門として使用されていたとのこと。
大名屋敷として国内に現存するのはこれをいれて3門のみ。
何気に超貴重でした。
往時は大名屋敷が並んでいたんだろうなあ。
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2021/10/26 21:44
北条の城に真田街道の旗がなびく (2021/10/10 訪問)
国道145号線の広くなったスペースに駐車。
ここに石碑と説明板が立っています。
案内板にに沿って進むと登城口に。
北条氏の城なのに真田街道の幟がはためいていました。
少し登るとすぐに主郭、下草が覆っています。
祠があり、その先の土塁から深い空堀を見下ろすことができました。
となると降りてみるしかない。
主郭周りは三方が堀に囲まれていてその外側にも細い郭が設置されています。
北側はさらにその外側にも堀が残っていました。
畑になっている曲輪もありますがなかなか良好な遺構が残る城でした。
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2021/10/26 21:35
三ヶ郷城跡 群馬県みどり市東町花輪 (2021/10/24 訪問)
黒川八城(座間城・沢入城・草木城・神戸城・小中城・三ヶ郷城・五覧田城・神梅城)の一つで、花輪交差点から国道122号を草木ダム方面に100m程進んだ所の林道から徒歩で30分程で行けるぽい。
構造は南北に堀切、東西に虎口、北側に土塁を確認。
林道は途中分岐が幾つかあるけど、コンクリート舗装を辿って舗装が無くなった先の分岐を右側を選び暫く歩くと獣道になり、獣道をひたすら登っていくと南側の堀切に行けるっぽい。
国道沿いは路駐不可。
林道入った所も多少広そうな場所はあるけどお薦めはしないっぽい。
私は花輪地区運動広場(261 383 574*03)に車を停めさせてもらったぽい。
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2021/10/26 21:19
復元大書院と二の丸 (2012/06/11 訪問)
平成24年6月三木城、柏原城を廻り篠山城を訪ねました、平成12年大書院が復元され兄夫婦と登城してから12年目の登城です、今回は大書院は外側からの観察、見学、12年経って復元書院も日に焼け経年変化して来ました、二の丸、天守台、三の丸と巡り沢山写真を撮りましたので先に高石垣の天守台で投稿しましたので、続きとして復元大書院、書院の在る二の丸を主として投稿させて頂きます。
いつもながら素晴らしい城郭ですまた城下町も賑わい家並みの風情も有り名物のぼたん鍋は逸品です時々は堪能してます。
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2021/10/26 21:18
築土神社が九段下にあるのでややこしい (2021/08/09 訪問)
新宿区筑土八幡にある筑土八幡神社のある場所にあったらしいが九段下にも築土神社があるので実は筑土城は九段下にあるものと思い込んでいた。築土神社も筑土八幡神社に同居していた時代があってこんな名前になっているらしい。
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2021/10/26 20:39
高石垣の天守台と本丸 (2012/06/11 訪問)
平成24年6月三木城、柏原陣屋を廻り何度と訪ねてる篠山城を訪ねました、大書院が復元された平成12年に兄夫婦と訪ねじっくりと大書院を観察、鑑賞しましたので今回は二の丸周りから大書院を眺め、二の丸、本丸、天守台と廻り、三の丸に降りて周囲と天守台の高石垣をじっくり眺め、内堀が発掘調査され復元作業が少しずつですが進んで居ります、今現在も進行中です。
写真を沢山撮りましたので惚れ惚れする高石垣天守台、本丸編で先ず投稿します。
続きあり。
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2021/10/26 19:33
2021/10/26 19:23
明智光秀ゆかりの地。 武田信玄、勝頼と信長との激戦地! (2021/10/23 訪問)
土岐高山城は明智光秀の先祖である土岐氏の城です。この城では、武田と織田の戦いの激戦地として有名です。現在は整備された門と展望台があります。近くには、お地蔵があったり、霊園があります。ぜひ行ってみてください。
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2021/10/26 18:19
2021/10/26 17:07
森蘭丸の生誕地、再築城を防いだ城!? (2021/10/23 訪問)
美濃金山城は森蘭丸の生誕地です。美濃金山城は森氏一族の城です。最終的には森氏が取り壊し、再築城を防いだことで有名です。
ちなみに森蘭丸は本能寺の変で信長と共に戦い戦死した人です。
どのように壊したかを見てみるととても面白かったですが、今回特に紹介したいのは石垣です。美濃金山城には何箇所か石垣が残されています。これは、他の者が築城する前に入れないように石垣だけが残されていました。明智光秀ゆかりの地ではありませんが、面白い城です。ぜひ行ってみてください。
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2021/10/26 11:32
2021/10/26 10:11
武家屋敷もあるんです (2021/10/14 訪問)
かつては諏訪湖に面した浮城と呼ばれていたようですが現在は街中に埋もれています。
初めて訪れたのは40数年前の小学生の時。
それ以来幾度となく眺めてきましたが
観光客に観せる物にあまり変化が見られないように感じます。
本丸土戸門から南へ100メートル程のところには1855年築の武家屋敷志賀家住宅が現存しています。
あまり修復はされていないようですが長屋門、母屋、土蔵があります。公開はされていません。
ここの長屋門も修復されずにトタンに覆われています。
立派な観光資源にもなると思いますので、なるべく早い保護活動がされることを願います。
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2021/10/26 08:11
一日とことん彦根城(第一郭・未訪部分) (2021/10/03 訪問)
(続き)
出曲輪から引き返し、水手御門から井戸曲輪へ向かいます。昨年もこちらを通りましたが、やはり井戸曲輪の高石垣は見応えがありますね。井戸曲輪を出ると、今度は西の丸東辺の石垣がずっと先まで続いているのが見えます(立入禁止ですが)。そのまま黒門山道を下り、黒御門の前を素通りして北に進むと山崎曲輪に至ります。ここからは未訪の領域です。
黒御門の内堀沿い南側は腰巻石垣であるのに対して、北側は往時は松原内湖に面していたためか石垣になっていて、山崎曲輪の周囲ではなかなかの高さがあります。山崎曲輪の南西隅には山崎御門があり、西側の内堀に面していますが、かつては内堀に架かる橋で長橋口に続いていたようです。
山崎御門から南側の内堀沿いはまた腰巻石垣になり、大手御門まで続いています。しばらく行くと道の両側に石垣が見えてきて、米蔵跡の門かと思いきや、それだけでなく山側は西の丸北端の大堀切へと続く登り石垣でした。米蔵跡は現在では梅林となっていますが、往時は幕府の預り米を収める米蔵が建ち並んでいて、松原内湖から内堀まで船で搬入し、内堀に面した埋門状の水門を通じて運び込んでいたんだとか。
米蔵跡の南からは、大手山道が天秤櫓側の大堀切に続いていて、登って行くと天秤櫓からの攻撃で何度も討死しそうな気分になります。券売所を出ると、大手御門の石垣と鐘の丸に続く登り石垣がそびえ立っています。さすが大手門。重厚な造りです。
本城部にあたる第一郭はこれでひとめぐり。大手門橋から内堀を渡って、第二郭に向かいます(続く)。
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2021/10/26 07:14
古代山城 (2021/10/04 訪問)
高松城で城カードをゲットした後、徒歩で琴電屋島駅に向かってアプローチ。琴電屋島駅からコミュニティバスで屋島に赴きました。運賃100円ですので山上の駐車料金より安いかと思います。復元された城門を初めて拝むことが出来て満足です。展望スポットを順次回って城門の石垣を遠望することも出来ました。平日と云うことで観光案内所が閉まっており、リーフレットを戴けなかったのが残念でした。帰路は屋島寺から徒歩で下山し、献血ルームオリーブへと向かいました。
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