平成24年4月の連休群馬県太田金山城、高崎城、沼田城を終えて福島県三春の滝桜を是非見たいと大回りして滝桜朝駆け2時間の大渋滞でしたが着けば交通整理宜しく順々に駐車場に案内されました、滝桜の周りには大勢の見物客、日本三大桜の一つ、凄いと言うか息をのむ思い素晴らしい千年を超える銘木、その後8年掛けて残りの日本三大桜を鑑賞しました。
三春の滝桜から県道40号線を約50km程南下、三春城の麓を城に行かず滝桜へ道中、枝垂れ桜があちこち咲それは素晴らしい、県道40号線の山道、里山沿いにも家屋敷に一本桜があちこちに咲き田植え前の田園風情と良くマッチし山里の古き良き時代を彷彿させる情景に走行中堪能しました。
棚倉城へはナビに従い内堀南の二の丸駐車場を利用。城跡は亀ヶ城公園と成ってる。
駐車場から直ぐに広い内濠、本丸の二段高土塁が目に入り浮き浮きドキドキの城探訪の開始です、本丸南側に在る追手門外枡形に土橋から入り本丸内部を一周、北に在る北門内枡形を見て内濠外周を一廻り、途中に二の丸西側の崖状に在る二の丸石垣を見学、本丸土塁上を一周、幅広の土塁上に多門櫓跡、四隅に隅櫓跡、途中に外の土塁側で二段に成ってる武者走り?を歩いてみる。最近復元の茶室も外から見学。
大身丹羽長秀の嫡嗣丹羽長重は関ヶ原合戦西軍につき領地を取り上げられたが慶長8年(1603年)大名に復活し元和8年(1622年)5万石で棚倉領主となる。当初赤館に入るが寛永元年(1624年)幕命に由り現在の地に平城の棚倉城を築城し未完のまま寛永4年長重は白河10万石で転封、白河小峰城は棚倉城の土の城と違い総石垣の城郭に大改修、その白河城も寛永20年(1643年)代が変わり光重は二本松城に転封し城を大改修石垣の城へ以後丹羽氏は二本松で11代継承するが幕末の二本松少年隊の悲話は語り継がれてる。
関ヶ原合戦の西軍につき領地没収後大名に復活するが幕府の目は厳しく立て続けに棚倉城築城、小峰白河城の石垣大改修、二本松城の石垣大改修と仕置きに近い幕府監視が辛すぎる。
しかし後世に百名城として小峰白河城、二本松城として残し棚倉城も土造りの名城として残し築城の名手丹羽氏の名前を後世輝かしく誇ってる。城好きには大変ありがたい。
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