武田勝頼が対北条用に築いたとされ、1590年の小田原征伐では秀吉が滞在した三枚橋城。
東海道の駿河と伊豆の国境で、伊豆から流れる狩野川の河口に位置し、東から見ると1段高くなった場所。
武田氏滅亡後は城主が家康の子松平忠吉、豊臣方で一氏の弟の中村一栄、家康家臣の大久保忠佐と移り変わり、江戸の初期に一旦廃城。最盛期は東西約400m、南北約500mの大きさだったとか。
それから150年以上後に、規模を縮小しつつも水野氏により沼津城としてリニューアルされ、明治を迎えた城でした。
現在は本丸半分が中央公園となっているものの、城の面影は希薄。
周辺に建設工事で出土した石垣のモニュメントがいくつか点在する程度。
先月はそれらを始め、沼津城の城郭跡を歩いてきました。
城郭東側は高低差があり、曲輪と堀の境かなと感じつつ。
そして写真の井戸は、ほさかビルの中庭にあるもの。
洋風のつくりをしてますが、たまたまビルから出てきた方の情報では、江戸末期には存在したとされ、中は伊豆石が六角形に組まれているとのこと。
静岡県沼津市の三枚橋城&沼津城が、お城巡りの111城目となりました。
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