地元では深沢城と呼ばれてる神梅城を終えて、県道70号線国道122号線が重なってる道を南下、南東方向に約20km程の彦部屋敷を目指す、カーナビは案内板と駐車場の辺りを定めて走行、北側から入り丁度前に収容能力のある駐車場完備(36°22'25"N 139°20'58")。
駐車場から立派な茅葺長屋門へ、当日11日はスポーツの日で旗日でしたがオリンピック開催で旗日が繰り上げされ無しと成ってましたがもしかして旗日扱いが成るかなと門のインターホンで呼んでみると応答が有りご当主の奥様が対応して呉れました、奥様は祝日で無くなったのですがと言われましたが城郭廻りで来た旨を伝えると快く対応いただけて約1時間屋敷内、庭園、土塁も有る本丸、現在は八幡宮鎮座、幕末に建てた穀倉、文庫倉、主屋内、搦手口、門の開錠、北東隅の櫓台と巡り途中途中に悠久の歴史を語られ天武天皇の皇子高市親王を祖とする家柄、壬申の乱を潜り長屋王と継承し約1300年の歴史を刻んでる、彦部氏として桐生市広沢に居を構えてからも460年を過ぎてる旧家です、現在もご当主夫妻が住まわれてる。当然源氏義家、足利将軍家との繋がりも深い家柄です。
開館日は土日祝日のみ、開館時間は10時~16時、入館料500円、パンフレット、小冊子「彦部家屋敷」700円購入。
兎に角高市皇子から繋がってますにはビックリ、内側は見学したので奥様にお礼を言って外側を見学探訪、周囲を水路堀で囲まれて居り、北東にある櫓台を外から撮影見学三層の櫓が建てられそうな造り、奥様の話で発掘調査では二階の建物が建ってたのでは?と言われてるとの事、搦手の橋、渡良瀬川からの丸石で築いた搦手虎口を近くまでは行かないので望遠で撮影、また詰城として奥の山手臼山砦が築城されていた、館奥から堀、曲輪で続いていそう。
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