<行き>8:35 竹芝桟橋(東京)→10:20 岡田港(大島)
<帰り>15:30 岡田港→16:15 熱海港
という旅程で行ってきました。ジェット船利用です。
前の晩に急に思い立って行くことにしたので竹芝桟橋に着くまで空席があるかわからず、ドキドキでした。(24時間予約可能ではないため。)年末で増発便があったので飛び乗れました(;・∀・)
しかし帰りの便の予約受付時間には早すぎたため、片道切符だけで上陸というあやうい遠征スタートです。岡田港についてすぐに帰りのチケットを確保し、ようやく落ち着きました。野宿回避(‘◇’)ゞ
帰りの便を熱海行きにしたのは、竹芝着だと岡田港出航が14:35で、熱海にした方が現地滞在時間を1時間長くとれるからです。目的地の「武田信道及び家臣供養塔並びに屋敷跡」は元町港から2km強なので、元町港発着であれば帰りも竹芝で充分だったかと思いますが、6kmほど離れた岡田港発着だったため、移動時間がとられることを考慮し、熱海着の便にしました。(熱海から自宅まで約3時間かかることについては考えないことにしました^^;)
岡田港からレンタサイクルの利用も考えていたのですが、元町港までの直行バスが出ていたのでひとまずバスで元町港まで行きました。(路線バスもあります。)元町港から目的地のある野増地区までは、大島一周道路をのんびりと歩きました。
大島といえば三原山。1986年の噴火の際の衝撃的な映像は未だ鮮明に記憶に残っています。
今回、噴火の跡の残る山肌や溶岩流を海に誘導するための巨大な溝(溶岩導流堤)などを目の当たりにし、また、海の向こうに見える富士山へ連なる火山帯を想像し、自然の驚異や神秘、人類の叡智や山岳信仰などいろいろなことを考えました。途中で寄った「伊豆大島火山博物館」がとても勉強になりました。
「武田信道屋敷跡」は大黒屋酒店さんの裏手の細い路地でした。一度気づかずに通り過ぎてしまい、その裏の郵便局のあたりをうろうろしてしまいました。目の前だったのに!
「武田信道及び家臣供養塔」は少し先の墓地の中です。どちらにも東京都教育委員会設置の石碑があります。
武田信道(顕了道快)は信玄公の次男・龍宝(御聖導さま)の嫡男で、高家武田氏へと繋がる系統です。龍宝さんは目が不自由で早くから仏門に帰依していましたが、天正10年(1582)の武田氏滅亡の際に自害したと伝えられています。
元和元年(1615)に大久保長安事件に連座して大島に配流された信道夫妻とその子信正らが居住したと伝えられるのが屋敷跡で、信道夫妻とこの地で没した家臣ら7名を祀ったのが供養塔です。信道は寛永20年(1643)に大島で没し、信正は寛文3年(1663)に許されて本土へ帰されました。
これで東京都内の城びと登録全78城コンプリートですヽ(^o^)
推しの甥の屋敷跡でゴールできたのが感慨深いです♪
78城は城びとの分類では、
台場…1
屋敷…1
丘城…9
平城…26
平山城…27
山城…14
ですが、ほぼ住宅街。寺社・学校・石碑のみ・何もない、といったところも多く、離島が1コあるとは言え、他の道府県に比べると制覇しやすいのではないかと思います。(八丈島の宇喜多さんち入ってないし…)
+ 続きを読む









