郡山市に所用があり未踏の地棚倉町を訪れた。お目当ては、建武年間の築城説から始まり、赤館氏、芦名・白川結城氏連合、佐竹氏、立花氏、丹羽氏と戦国時代から近世初頭の寛永年間まで続いた南東北を代表する山城「赤館」です。
棚倉市街から北に2kmほど。現在は桜の名所「赤館公園」として市民の憩いの場所となっている。比高60mの丘陵最高部に東西120m、南北130mほどの主曲輪を中心に山腹と尾根伝いに曲輪群が続く縄張。遺構は曲輪、切岸、虎口跡など。また南東側に鎮座する宇迦神社も出曲輪であったという。
赤館は元和8年(1622)に丹羽長重が棚倉に5万石で配され、寛永2年(1625)の棚倉城築城により、その長い歴史に幕をおろした。丹羽氏以前の慶長11年(1606)に、立花宗茂が棚倉で1万石の大名に復帰し、この赤館を居城にしたという。関ヶ原戦後に浪人し、慶長9年(1604)に幕府に召出され、当時は二代将軍秀忠に近侍していた宗茂が棚倉を訪れることがあったのかは知らないが、主曲輪から眺める奥州の景色は戦国の雄の眼にどのように映ったのであろうか。
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