掛川城は、室町時代中期、守護大名今川氏が重臣の朝比奈泰能に命じて築城させた典型的な平山城です。独立丘陵と河川を利用した縄張りで水堀や枡形による技巧的な防備を併せ持つ東海の名城です。
今川義元公が桶狭間で討たれると、嫡男氏真公が跡を継ぎますが、甲斐の武田氏と三河の徳川氏の侵攻を受け、今川氏本拠地の駿府館を捨て朝比奈氏が守る掛川城に逃げ込みます。掛川城は徳川勢に包囲されましたが、半年以上もちこたえ氏真公の助命と引き換えに開城した堅城です。
掛川城に山内一豊公が5万1千石で入城すると、中世城郭であった城郭を本丸を中心に四方に曲輪を配し、天守や石垣を築き城下町を惣構で囲った織豊期の梯郭式平山城に大改修したものが、現在に残る掛川城の縄張りです。
現在の掛川城は、山内一豊公が築いた初代の天守を想定して木造で復興された天守を始め、四足門や大手門が復元・再建され、そして何と言っても、国指定重要文化財である二の丸御殿が現存しており、見所満載の城跡です。とは言っても、修復工事のため天守には令和5年1月まで入れません(*_*) 現存二の丸御殿には入館することはできますが、少々残念です。
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