【九州編】必見のお城をピックアップ!日本100名城・続日本100名城の見どころガイド

公益財団法人日本城郭協会では、日本を代表する文化遺産であり地域の歴史的シンボルでもある城郭・城跡をより広く知ってもらうことを目的として、各都道府県から1~数城ずつ「日本100名城」「続日本100名城」を選定しています。いわば100名城は「見ごたえあり」というお墨付きのようなもので、これからお城めぐりを始めたい方にぜひオススメ! とはいえ「200城もあると選べない」「地元の近くにどんな100名城があるか知りたい」という方も多いはず。そこで城びとが、注目の日本100名城・続日本100名城をエリア別にご紹介! 今回は【九州編】です。

「日本100名城」「続日本100名城」についてもっと知りたい方はこちらの記事もチェック!

【佐賀県】築城から約7年で廃城…豊臣秀吉が築いた幻の名城「名護屋城」(日本100名城)

大陸への侵攻を目指す豊臣秀吉が、築城の名手・加藤清正ら九州各地の大名を動員して築かせた名護屋城。金箔瓦を用いた五重七層の天守など、17万平方メートルにも及ぶ城郭をわずか数カ月で完成させたのだとか!

秀吉の死後に間もなく廃城となり、江戸時代に徹底的に取り壊されました。隅部分が破壊された状態の石垣などが、破却のすさまじさを物語っています。往時の姿を見たいという方は、隣接する佐賀県立名護屋城博物館でタブレットを無料レンタルし、城郭の様子を再現した「バーチャル名護屋城」でVR体験しましょう。

名護屋城、天守台跡
五層七階(地上六階、地下一階)の天守が立っていた天守台跡

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【長崎県】異国情緒漂う城下町を見下ろす「平戸城」(日本100名城)

江戸時代に日本最初の西洋貿易港として栄えた平戸瀬戸を見下ろす亀岡山に築かれた平戸城。もともと天守は建てられておらず、現在見られるのは昭和37年(1962)に建造された模擬天守です。

城内には築城術の一つである山鹿流軍学の影響と考えられる遺構が残っていて、石垣に空けられた狭間や、複雑な折れを用いた城郭デザインが見られて興味深いです。異国情緒漂う城下町もゆっくりめぐり、国際色豊かな平戸城の歴史と雰囲気に存分に浸りましょう。

平戸城
異国情緒漂う城下町から、平戸瀬戸越しに望む平戸城

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【長崎県】防人たちの残り香を感じられる古代山城「金田城」(続日本100名城)

お城というと戦国時代や江戸時代に建てられたものというイメージがすぐに浮かびますが、武士が登場するより前の飛鳥時代・奈良時代に築かれた「古代山城」もあるのです。その数少ない古代山城の一つが、対馬にある金田城。大陸の強国からの防衛を目的に築かれ、見事な石塁が現存しています。

散策コースは大きく分けて、標高276mの城山山頂まで登る「山頂コース」、城門をはじめ石塁を中心に散策する「石塁見学コース」、急傾斜の難所を乗り越えて「結合コース」の3つあります。これらを歩けば隅々まで金田城を見学できるので、千年以上も前の人々と同じ道のりをたどってみましょう。

金田城、石塁
金田城の東南角石塁。湾と石塁を望むビュースポットだ!

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【大分県】瀧廉太郎も愛した、曲線美の石垣群が見どころ「岡城」(日本100名城)

作曲家・瀧廉太郎が唱歌『荒城の月』の着想を得たとされる岡城。その最大の特徴は、曲線を多用した石垣群。まるでヨーロッパの古城を思わせるような独特なデザインの城郭は、美しいの一言です!

岡城の石垣群の見どころは、曲線美だけではありません。上部の凹部分から横木を渡した大手門石垣や、崖の上に築かれた三の丸高石垣など、それぞれ個性的かつ圧巻。瀧廉太郎も眺めたであろう山々の眺望も必見です!

岡城、石垣
石垣にも通路にも曲線が駆使された大手道

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【大分県】天然の要害から織豊系城郭へと進化「角牟礼城」(続日本100名城)

切り立った岩山などの形状を生かした天然の要害として古くから使われ、数々の戦いでも落城しなかった堅固な城として知られる角牟礼城。豊臣秀吉の家臣である毛利高政が織豊系城郭へと改修し、石工集団・穴太衆による穴太積は大きな見どころです。

関ヶ原の戦いの後に領主となった久留島氏が徳川家へ従う意思を示すため廃城にしましたが、実は陣屋の敷地を城郭のような造りに変えていたのだとか。その裏に込められた久留島氏の思いを想像しながら城内をめぐってみるのもよさそうですね。

角牟礼城
毛利高政が手がけた角牟礼城二の丸南虎口には穴太積が残る

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【宮崎県】見るものを圧倒する「千人殺しの石垣」が迫力!「延岡城」(続日本100名城)

豊臣秀吉に立ち向かった秋月氏の出身である高橋元種が、関ヶ原の戦いで勝利した後に築いた延岡城。その最大の見どころといえば、「千人殺しの石垣」と呼ばれる高さ約19m・総延長約70mもの高石垣。一部の石を外すと石垣が崩れ落ち、一度に千人を殺すという言い伝えが名前の由来なのだとか。

元種が改易された後は、キリシタン大名の有馬氏が城主となり、城全体を大修築しました。その頃に築かれた櫓跡なども現存しており、激動の歴史と共に変化した延岡城の軌跡をたどることができます。

延岡城、千人殺しの石垣
延岡城を代表する「千人殺しの石垣」は見る者を圧倒する

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【鹿児島県】シラス台地に築き、天然の崖を守りに活かした「知覧城」(続日本100名城)

島津家ゆかりの佐多氏が礎を築いた知覧城。標高170mのシラス台地という特殊な地形に築かれ、4つの独立した曲輪が約40mもの切り立った崖によって守られるという、非常にユニークな構造をしているのです!

知覧城といえば、薩摩藩による独自の統治システム「外城制」として置かれた外城の一つ。この外城制の代表格である知覧麓の町並みも、武家屋敷が建ち並んで見ごたえ十分なので、併せて立ち寄りましょう。

知覧城、空堀
シラス台地の浸食谷を生かして造られた大空堀。堀の底は道路としても使用された

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【鹿児島県】薩摩藩の城造りと歴史を体感できる「鹿児島城」(日本100名城)

薩摩藩の本拠地で「鶴丸城」という別名をもつ鹿児島城。幕末から明治期にかけての戦禍によって建物遺構は残っていませんが、立派な石垣と水堀が現存し見どころとなっています。厄よけのため石垣の隅部を欠けさせた「隅欠(すみおとし)」に注目!

なお、山麓に位置する鹿児島城の背には、標高107mに位置する中世の山城「上山城」がありました。ここは西南戦争の最後の決戦地として知られ、「西郷洞窟」と呼ばれる隠れ場なども現存しています。ぜひ足を運びましょう。

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本丸正面の御楼門(ごろうもん)は2020年3月に復元された

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執筆/城びと編集部
写真/藪内成基(名護屋城、平戸城、岡城、角牟礼城、延岡城、知覧城、鹿児島城)、いなもと かおり(金田城)