2021/09/27
前田慶次の自腹でお城めぐり 【第11回】凸岡崎城 後編~石垣で語る~
お城に関する豊富な知識を持つ「名古屋おもてなし武将隊」の一員・前田慶次が、全国のお城を実際にめぐりながら歴史・特徴・魅力を解説。今回は、徳川家康の生誕地としても知られる岡崎城(愛知県岡崎市)の後編。本丸周辺にある珍しい石垣をじっくり巡りながら、天守台や城下町の見どころにおすすめのグルメスポットまで詳しく紹介します。
▶前編はこちら
【第11回】凸岡崎城 前編~徳川様の聖地~
皆の衆、我こそは名古屋おもてなし武将隊天下御免ノ傾奇者前田慶次である。
此度(こたび)城びとと同盟を結び、此の前田慶次が連載を持つ事と相成った。
先ずは、名乗りを上げよう。

前田慶次齢四七九歳。戦国の世では天下御免ノ傾奇者として名を馳せ申した。現世に蘇りは名古屋おもてなし武将隊の一角として、名古屋城を拠点に名古屋を世界一の観光都市にせんが為、日々戦働きに勤しむ。
演武といったパフォーマンスなるものを披露し、電波放送戦(テレビやラジオ)は常戦番組(レギュラー)を持ち、全国各地に遠征を繰り広げる。
結成十二年目を迎え、全国の武将隊の先駆けとして日ノ本を代表とする武将隊である。
して、儂前田慶次は現世に蘇り歴史の語り部として多くの戦に出陣して参った。
伝統芸能を伝える舞台出陣、歴史学者との対談、寺子屋(学校)での歴史授業。
名古屋城検定名誉顧問に叙任され、検定過去最高得点を叩き出す。
日本城郭検定にも挑戦し合格。
日ノ本が誇る歴史文化をより多くの者に伝えるべく、此度から城びとでの連載を始める次第。
題して
【前田慶次の自腹でお城めぐり】
他の連載と何が違うのか!?
・現世に生きる戦国武将自らが感じたことを紹介!
・傾奇者による城郭魅力度数値化!
・城巡りの手引書(案内)となる!
・地域の特色を織り交ぜ、観光が楽しくなる!
・イケメン(前田慶次)が見れる!
・要点を抑えた紹介!
・兎に角分かりやすい!
全国の城に直接己が足で出向き、城の見方、歴史を伝え、
其の城の傾き所(見所)や天守閣、男前田度(イケメン)を前田慶次の独断で評価する。
歴史初心者から玄人まで楽しめる、国宝連載となっておる。
ただ城を巡るのではなく! 儂の金子(金)で城に登城する。つまり限られた金子で巡る
旅の道中劇にも注目してもらいたい!!
また巡り方については、王道の道順を歩む故に参考にすると良い。
凸岡崎城 城郭の魅力度を数値化

時代の変化を示す石垣が特に見所である!
規模は日ノ本最大級の城郭!
天下人が誕生せし城郭!

【基本情報】
城郭構造:平山城
主な築城者:松平清康(徳川家康の祖父)
築城年:1531年(※龍燈山城は1452年)
廃城:1873年(明治6年廃城令の流れ)
指定文化財:岡崎城跡(岡崎市指定)
【歴史】
■龍燈山城時代
1452年または1455年、三河国守護仁木家の守護代西郷家が築城。龍燈山城(りゅうとうざんじょう)と呼ばれた!
■家康の祖父が岡崎城を築城!
1531年、松平清康(家康の祖父)が城主となり城郭を整備拡大をして岡崎城が誕生。
■家康時代の岡崎城
1542年、竹千代(後の家康)が誕生。当時の岡崎城は櫓や門の屋根も茅葺で、石垣もなく土の城であった。その後今川家の支城となる。
1560年、桶狭間の戦いで松平元康(家康)は岡崎城を今川家から取り戻し独立する!
1570年には息子の松平信康が入城。以後は重臣が城代を務める。
■田中吉政が岡崎大改修!原型を造る!
1590年、家康関東転封となり、豊臣家臣の田中吉政が入城。石垣、城壁を用いて近世城郭に大改修! また、城下町も整備も行い現在の岡崎の原型を造った!
■徳川譜代大名時代!天守閣完成!
1602年、徳川の治世となり重臣・本多家が入城。以降、譜代大名が歴代の城主を務める。
1617年、3重の天守閣が完成!
■廃城から復興へ
1873年、廃城令によって廃城。
1959年、鉄筋コンクリート造で復興天守閣が再建。
■近代の活動
2006年、日本100名城に選定!
2007年、発掘調査により国内規模最大級の城郭であった事が分かる!
2010年、東隅櫓が再建される!
日ノ本最大級の規模を誇った岡崎城を皆は知っておったか?
天下人出生の地という事で、運気も高そうで御座ろう。
此度も楽しんで参ろう! いざ出陣!
おうーーーーーーーーー!!!!


【城巡りの醍醐味は縄張】
岡崎城東隅櫓から大手門に戻り縄張図を今一度確認致す!
岡崎城はどえりゃー広大な城である。
現在の岡崎城の区画は町に変貌しておるが、
斯様な地図を見てもらうと分かる通り曲輪(区画)の数も多く
本丸から見て東海道の内側に堀を造り上げ、土塁は248号線を越えて張り巡らされた。
慶次「ここまで壮大な城郭は、東海圏では中々目にする事は無かろう!」

【像の多さに驚く!】
二の丸に戻り一番目を引くのは像の多さ!
徳川家康様の若かりし頃から、岡崎から飛び出し全国に其の名を轟かせた大名時代と幅広く目にすることができ、
徳川様の重臣「本多平八郎忠勝」と徳川様以外にもおり
像の多さは日ノ本全土でも多い方では無かろうか?
慶次「像だけではなく、徳川家康様の舞が見られる?」

広場中央では徳川様の人形が毎時0分・30分になると能を舞い、
最後に教訓を語る時計塔が御座る!
高さ6mでかなり目立つ故に、我等の時代であらば
陣触(出陣の命令)の集合場所になりそうじゃ。
慶次「此処から岡崎城の石垣を巡って参るぞ!」

【石垣巡りが面白い城】
二の丸から本丸迄の間にも曲輪が配され、何れも細長い道となり大軍の侵攻は難儀。
重厚な守りとなっておる。
そんな岡崎城は改修工事を何度も行っており、土の城から石垣の城へと進化しておる。
本丸周辺の石垣が実に面白い。
■石垣情報
・石垣は1590年に城主となった田中吉政が大改修した時から始まる!
・岡崎産の花崗岩(かこうがん)を使用
・時代別で「野面積み・打込接ぎ・切込接ぎ」の積み方を其々楽しめる!
城巡りが楽しくなってきた者達にとっては笑みが止まらぬであろう。ワッハハハハハハ。

岡崎城で最初に掘られた堀である。
曲線状の深い堀を持つ石垣は横から見たくなるであろう。
この一部は天守台に次ぐ古い石垣が残っておる。
中世の特徴である幅が狭くて深い急斜面の土造りの空堀と石垣の融合は
中世と近世が混合した珍しい石垣と堀である。

■腰巻石垣(基礎部分を石垣とし土塁を築く)
【持仏堂(じぶつどう)曲輪】
二の丸から本丸へ行く間の曲輪。
細長い曲輪で本丸の横矢が敵兵を仕留める!
松の大木が石垣の孕(はら)みを生んでおり、近年問題視されており岡崎城も然り。


■巨石の石垣とは「鏡石」
権威の象徴でもある鏡石は大手(正面)に積む事が多いが、岡崎城は天守台に備える。
現在此の鏡石の通路は封鎖されておるが為に近くでは見られぬが、何とか覗く事は叶う!
この通路であるが。

天守へ繋がる廊下橋は天守と外側の曲輪が直接繋がった日ノ本唯一のものである!
明治時代から大正時代に積んだ石垣が掛かっている。

■本丸大手東袖石垣
岡崎城で最も高い石垣がこちらじゃ!
高さ11m。横からでは分かりにくいが石垣の積み方は打込接ぎであろう。
然し乍(なが)ら、切込接ぎのようにも見える程丁寧に石垣が加工されておる。
本丸へ突入じゃーーー!

■本丸大手口石垣
ご覧の通り石垣の表面が加工されておるのが分かるであろうか?
石垣に化粧?と思うやもしれんが、時代と共に石垣も見世物として権威の証にもなった。
築城名人がより洗練された石垣を生み出すべく考えたのじゃ。

■すだれ仕上げ(縦に筋状に加工したもの)
石垣の表面を良くしようと始めたのが加藤清正である。鉄のノミで打って削って加工しておる。
他にも「はつり仕上げ」等がある。
慶次「岡崎城でまさか化粧された石垣が見られるとは。
中々珍しいものである。表面にも注目して見てちょ」
天守台へいざ!

■野面積みで築城!
田中吉政の時代に築城された天守台。
横長石を用いた石垣も見られ鏡石もあり、
権威を示す方法として高さ以外にもある!と伝えてくれる。
石垣の隅は野面積みならではの、内に向かう珍しい反りを見せる!
このまま天守閣へ入城!!ではなく。
慶次「石垣巡りはまだ終わらぬぞ!」

■本丸埋門北袖石垣!
江戸時代前期に築城され高さ10mを超す壮大な石垣である!
搦手(裏手)も高さのある石垣が本丸を囲んでおり堅牢さと権威を示す!
以上石垣巡りであった!
より細やかに見る事が叶う故に現地で己が目で確認してちょ!
では、天守へ参る!
その前に。「前田慶次の自腹でお城めぐり」恒例の
天守の男前田度(イケメン)を発表致す!

岡崎城天守男前田度75点!
現在の復興天守は1959年に鉄筋コンクリート造で再築されたもの。3重5階の複合式望楼型天守。
高さは21mと三河を代表する城に相応しい大きさを誇る!
下見板で黒と漆喰の白が半々で合わさった現世の再建じゃからこその美しさが御座る!
現世で申すツートンカラーという傾奇っぷり。
入城口は搦手側という男は背中で語る如く、背面側に力を入れるとは武士の面子を感じさせる!
では、入城して参る!

【入口で御城印を手に入れろ】
入城口で入場券と御城印を手に入れる。家紋は嘗(かつ)ての城主達の家紋となっておる!
徳川様が人一倍大きい。当たり前田じゃな。
我が連載恒例企画のもう一つ。
城びと×前田慶次の貼紙も貼らせてもらったぞ!
皆写し絵撮ってちょーよ!!

【天守内部へ】
岡崎ならではの資料が多くありそうじゃ。

■2階~4階
武具や岡崎藩の政について、今に繋がる産業について、
城を題目に城主について知ることができる資料が数多く展示されておる!

【オカザえもん】
岡崎と申せば、オカザえもん!
其の名を全土に轟かせる程に有名なマスコットキャラクターがおる!
何と岡崎城天守内部にも撮影スポットなるものが用意されておるとは。
恐れ入った!
【秘密】
オカザえもんの本名は「岡崎衛門之介」。一人称は「拙者」、語尾は「御座る」。
まさかのこう見えて武士である。グッズが多く作られる程人気を博しておる!

【頂から見えるものは徳川様所縁のあれ】
それは大樹寺である!
大樹寺とは…徳川・松平家の菩提寺。
あの徳川家康様はこの菩提寺で命を救われておるのじゃ。
桶狭間の戦いの折に、今川義元様が討たれ危機を感じた徳川家康様は大樹寺へ逃げる。
そこで自害をしようとしたが、住職に諭されとどまった。
して、松平家の再起を誓った大切な場所である!
此の大樹寺無くして、江戸時代誕生も無かったと言え申す!
日本史で学ぶ事が無くとも重要な場所である!
時許せば、大樹寺にも足を運んでちょ。
■大樹寺

【最上階には楽しい遊戯がある!】
多色版画を体験することが叶う!
水彩絵の具を使う色鮮やかな版画である!
一枚の板で多彩な色を楽しめる伝統文化である!

齢479歳の儂でも上手く仕上げる事出来申した! 皆も挑んでみよ。
天守を下城し岡崎公園内には天守以外にも入城し歴史を楽しめる施設があり申す!!
それがこちら。

【三河武士のやかた家康館】
家康公の生誕から天下統一まで、三河武士についてを知る事ができる資料館となっておる!
慶次「此れは実に気になるぞ」
然し乍ら!
館の資料は貴重なものが多い故に、皆には直接足を運んでもらうしか他ない!
館内の雰囲気含め綺麗に展示された貴重な資料を
緩やかに楽しむ事ができ誠に良い館である!
然り乍ら!
一部を見せようぞ。


【体験コーナー】
戦国時代の息吹を此処で感じる事が叶う。
当時の馬は木曽馬が殆どだで、小さき馬じゃ。主等でも乗りこなせるやもしれんぞ?
ほいで、槍も観てちょうよ。
織田軍が3間程の槍を合戦で使っておった。
左の朱槍が3間近くで此の長さを足軽達が叩く武器として重宝したのじゃ。
見せできるのは此処迄!!
後は皆、己が自身の眼で刮目致せ!
岡崎城を下城。腹が減っては戦はできぬ!
岡崎にて腹ごしらえをするべく城下を散策。
然すれば!
東岡崎駅の目の前に美味そうな茶屋(カフェ)が御座った!

【garden mama ガーデンママ】
花々に着飾られ落ち着いた店内にはええ香りが立ち込める。

ちと屋敷の雰囲気も残しつつも洒落た置物が、緩やかな時を演出する。
我等の時代にあらば庭園に築城したいくらいじゃ。
このガーデンママは地元の食材に拘りサンドイッチなるものを名物としておる。
三河国は尾張国同様に、鳥肉も名物で有名である。
そこで儂が所望したものは


「照り焼きチキンサンド」と「卵サンド」である!
美味そうじゃろ?

美味いんじゃ~!ワッハハハハハハ。
その土地の名物を食すのが物見遊山(観光)の醍醐味だで。
皆も岡崎の美味し飯を食すと良い!
ガーデンママには飯だけでなく、飲み物にも拘りがあり多くの種類を取りそろえておるで
気を落ち着かせるのにも良かろうて。
正に戦国時代の茶室である!
■garden mama ガーデンママ
〒444-0860 愛知県岡崎市明大寺本町4-38-2
TEL 0564-83-7880
営業時間 7:30~ラストオーダー16:00
定休日 日曜、月曜、祝日、第2、4土曜
さぁ此度の岡崎城の城巡りは此処迄也!
我が残金は5万9772円
次はどこの城へ参るか。楽しみにしておれ!
以上
名古屋おもてなし武将隊
天下御免ノ傾奇者 名古屋城検定名誉顧問 城びと連載人
前田慶次郎利益
凸伝令
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執筆・写真/前田慶次(名古屋おもてなし武将隊)











