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小城小次郎

豪快な縄張を堪能できる (2021/10/09 訪問)

かつて藪に覆われていた城域は、訪ねるたびに綺麗になっている。地元の方がこつこつと丁寧に整備を進めて下さっているおかげで、竪堀と横堀を駆使した豪快な縄張と要所に備わる石積みを宝探しのように堪能できる。

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じゅんじん

サイクリングついで (2022/01/09 訪問)

今年初の駿府城。外からのみでした。

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じゅんじん

紀州遠征最後に (2022/01/07 訪問)

7年ぶりに和歌山県の地を踏んで最後に訪れました。駐車場閉鎖まで1時間の中で粉河寺を30分堪能。その後猿岡山城へ。もともとは粉河寺が建てたものだったが秀吉が紀州征伐し秀長家臣の藤堂高虎公のお城になりました。お寺の監視を兼ねてたんですね。

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にのまる

大久保長安陣屋(八王子市小門町) (2021/11/13 訪問)

城びと未登録ですが行っておきたかった。
横山党館・松姫様の信松院とのセット訪問がおすすめです。

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にのまる

里山 (2021/11/07 訪問)

築城時期は1390年頃という伝承があるのだそうです。
16世紀初頭のものと思われる土塁や堀跡を見させていただきました。

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カズサン

幕末石垣技術が残る勝山御殿 (2011/05/06 訪問)

 10年前の平成23年5月上旬、櫛崎城、長府城下町探訪を終えて今回の初登城目的の一つである勝山御殿を目指す、長府城下町からは北方約4km程、本丸西側の整備真新しい駐車場を利用。

 勝山御殿は外国船打ち払いによる四国艦隊との砲撃戦の対処で長府居館を一時覚苑寺に藩主避難するが三方を山に囲まれた田倉地区に文久3年(1863年)6月28日から築城を開始し翌年元治元年(1864年)2月1日には第13代長府藩主毛利元周が長府から移る。
 
 約7ヶ月の短期決戦築城と成りました、本丸は二段で前段が本丸表、政務の中心、奥段が本丸奥、藩主、家族の住まい、本丸の南側に石垣、虎口階段、西側に南西虎口と北西虎口が構える。
 南に二の丸、更に三の丸構えですが二の丸、三の丸には道路が通り遺構が破壊されたか維新までの時間が迫って居り充分な整備が出来なかったのか分かりませんが三の丸の虎口、階段、張出し防塁、南に城塁が残るのみ。

 石垣は綺麗に積まれ切込接ぎの様ですが落し積(交互斜め積)が用いられています、整備は訪問時の前年平成22年(2010年)完成の様子、案内板、説明板が2010年と成って居ました。
 勝山御殿の周りに山城3城紹介登城口案内板が有りましたが私の体力と興味関心点が少し合いませんので眺めるだけで終了。

 長年探訪を願って居た事が叶い大満足でした。

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鈴鹿の関の遺構もあります (2021/01/22 訪問)

東海道の鈴鹿峠を下り、大和街道との交点にあり、鈴鹿の関が置かれた場所です。
天正11年、北伊勢攻めの際に、関氏から秀吉軍が奪取し、三武将が駐屯したと。3つのピークをそれぞれ中心にして3つの郭群があります。一番北側の郭群の本郭南に竪土塁が残り、古代の鈴鹿の関の遺構と。竪土塁の上が散策路になっていて手摺の虎ロープが張られています。なんかもったいない感じ。
登城口は山崎製パンの駐車場奥にあります。斜め右手に進んでいくと低い石垣があり、その手前の道をピンクテープに導かれて登って行きました。郭群に至る直前は、かなりな急斜面でかつ道はウラジロをかき分けた痕。一方、尾根に上がってしまうと、草はなく、南に続く郭群に行くのは容易です。山の南側は、鈴鹿川に削られて急峻です。
街道を挟んで北側の山にも鈴鹿の関の築地跡が発見されています。鈴鹿の関は、街道が通るこの谷を端から端まで塞いだのでしょうから、とても規模が大きいです。

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イオ

一城別郭の城 (2022/01/08 訪問)

南北朝期に楠木氏一族の橋本正高が築いたとされ、北朝方との攻防の舞台となりました。戦国期には根来衆の拠点となり、その後、一国一城令により廃城となりました。

粉河街道を見下ろす雨山の頂部に曲輪群を配した山城で、西尾根の先の土丸城との間にも城郭遺構が見られることから、一城別郭の城として土丸城と一体的に機能したと考えられ、土丸・雨山城跡として国史跡に指定されています。

阪和道の側道沿いに登城口があり、近くの駐車スペースに車を駐めて登城開始。阪和道の高架をくぐり、整備されたハイキングコースを20分ほど登ると伝馬場跡への分岐があったので、そちらに行ってみると曲輪っぽい平坦地が広がり、北西端には東屋が設けられて眺望が開けています。伝馬場跡から数分登ると鳥居があり、鳥居をくぐった先には浅い堀切と土橋がありました。さらに数分で山頂の主郭に到着。雨山はその名の通り雨乞いの山であり、山頂には雨山龍王社と樹齢200年を超えるヤマモモが祀られていました。主郭には遺構は見られませんが、説明板と休憩所が建てられており、休憩所裏手の一段下の曲輪からは泉南の平野部そして関西空港越しに淡路島を、北西に目を向けると大阪湾越しに六甲山を一望できます。主郭の東側には千畳敷と呼ばれる広い曲輪があり、千畳敷から北東にのびる尾根には小曲輪群がある…はずですが、シダに沈んでいました。また、千畳敷南東下の月見亭にはテーブルとベンチがあり、日根荘大木の農村景観を見渡すことができます。千畳敷南下(月見亭から西)にも階段状に小曲輪群が設けられており(こちらもシダの中)、小曲輪群下の井戸は現在も水をたたえています。

岩盤むき出しの南側斜面を抜けて西に進むと土丸城へ続く道と北西尾根から山麓に続く尾根道の分岐があり、主郭の南西斜面から竪土塁状に続く土塁と、周囲の小曲輪群によって北西尾根からの侵攻に備えています。小曲輪群をひと通り見た後は、尾根沿いに土丸城に向かいました。
 

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todo94

平家森(喜界島) (2021/12/26 訪問)

最初に喜界島行きを計画した時は、強風で欠航となってしまいました。この日も強風で鹿児島空港に引き返す可能性があるとアナウンスされていましたが、無事、喜界島に上陸することが出来ました。喜界島の北側を徒歩でぐるっと回り平家上陸之地を経て平家森に到達。砦の遺構のように感じられるスポットでした。上陸の地の近くには七城があるようですが、そちらはスルー。城としてはちょっと怪しい部分があるようですのでまあいいや。

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赤い城

仙年寺裏手の竪堀パラダイス (2022/01/15 訪問)

仙年寺の駐車場に車を駐めて登城。
山門にパンフレットがあるとのことでしたが在庫なし。
気を取り直して登城口から登って行くと右手に竪堀。
さらに登ると主郭東側の二重堀切からの竪堀なのがわかります。
まずは大手側に進むと東曲輪、大手曲輪と展開されています。
主郭方面に戻り西側に進むと途中竪堀が何条か。
西側にも二重堀切がありました。
ここからさらに進むと水の手口になるようです。
主郭下には畝状竪堀も見ることができます。
北条、今川、武田の列強に囲まれた葛山氏の居城。
戦国期には武田氏のものとなった城ですが武田氏滅亡とともに廃城となりました。

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小城小次郎

見どころは天守ではない (2021/10/09 訪問)

崩落寸前の天守に注目が集まりがちなお城なのだがこのお城の真価は「藤田系」とでも総称すべきその縄張にある。行くたびに地味に新しい発見があるお城でもあり、どうしても定点観測をやめられない。

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じゅんじん

城郭寺院 (2022/01/07 訪問)

大塔が大きい。よく残ってます。
大門もです。

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じゅんじん

三大水攻め城達成 (2022/01/07 訪問)

備中高松城、忍城に比べ地味目ですが本堂前に立派な城址碑があります。門前には説明板、敷地隣には小山塚があります。
現存城門は見逃しました(;'∀')

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カズサン

櫛崎城城下長府散歩 (2011/05/06 訪問)

 車を元長府藩家老格西運長邸/現長府庭園の駐車場に止めぶらぶらと散策し城下町に風情を楽しみ、七卿落ちの地、奇兵隊旗揚げの地で有り高杉晋作の挙兵、坂本龍馬の活躍など幕末維新の香りを確かめながら巡りました。
 
 神功皇后の伝承も伝わる具川沿いの長府藩侍屋敷長屋、古江小路の菅家長屋門、土造りの練塀通り、横枕小路の練塀、土のたたき道と武家屋敷の景観風情が良く残って居り整備されています。
 
 奇兵隊挙兵の寺、功山寺、高杉晋作騎馬像、七卿落ち公卿の居住地、長府毛利家墓所、長府博物館休館で入館できず、四国艦隊占領され長府藩主が一時避難した覚苑寺、覚苑寺には勝山御殿の御殿玄関部が移築されてます、乃木神社には乃木大将夫妻の像と愛馬の像が設置され、育った家も復元されて居ました、隣は長門二宮の忌宮神社で車を駐める長府庭園に戻る。
 中々有意義な散策で楽しく堪能しましたが全ては見切れませんので本の少々で奥行きはまだまだ有ります。

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ぴーかる

大野城 (2022/01/08 訪問)

【百名城59城目】
<駐車場他>各所無料あり。
<交通手段>車

<見所>門跡・石塁・土塁・礎石建物群
<感想>1泊2日国土防衛筑前国の旅3城目。1日目のメイン、太宰府天満宮付近の渋滞により到着時間が計画より遅れての訪城となってしまった。巡順番は焼米ヶ原駐車場に駐車し→増長天礎石群→坂本口城門跡→水城口城門跡→けいさしの井戸→大石垣→大宰府口城門跡→尾花礎石群→移動し県民の森センターにてスタンプ押印→八ッ波礎石群→また移動して野外音楽堂の道路脇に駐車し徒歩にて→クロガネ岩城門跡→百間石垣(宇美口城門跡)→北石垣城門跡→小石垣城門跡→主城原礎石群→帰り道に船石を見て終了。百間石垣~北石垣までのルートは急斜面で険しいのでストック要です。やはり午後からの攻城では城門跡2つと礎石群をいくつか攻め落とせず終いとなり、しかし最後の主城原礎石群は城の主要部は必ず見るという信念のもと、山道を必死ダッシュに駆け登って到着は17:00となったがなんとか日が残り見ることができた。古代朝鮮式山城の圧倒的なスケールのでかさと沢山の遺構、堪能しました。まだまだ埋もれた遺構がありそう。

<満足度>★★★★★

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小城小次郎

信ずべき貴き山 (2021/09/20 訪問)

「信ずべき貴き山」に建つ「朝廷に安穏を与え国土を守護し子孫を長久せしむ」朝護孫子寺を見下ろすお城は、その立地からも木沢直政と松永久秀の個性や意図が透けて見えるようだ。なお決して爆破により消滅してはいない。

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ばばよ

登山のようなものです (2021/06/05 訪問)

JR高尾駅からバスで訪問。
先にガイダンス施設に行くとイメージ湧きやすいです。
よく写真に出ている曳橋は復元ではなく、当時はもっと簡素な橋が架けられていたと考えられると説明板にありました。
御主殿付近の石垣は立派です。あまり北条らしからぬ。
本丸跡方面は普通に登山です。
管理棟から本丸までは60分もかからないため本格的に登山する方から見れば大したことないかもしれませんが、素人からすると立派な登山です。
しっかりした靴、飲み物や食べ物の準備をして向かいましょう。
自分はサクサク登った分、帰り道に足がガクガクになりました。。。

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刑部

山林の中に見事な空堀 (2022/01/03 訪問)

お寺の駐車場をお借りして案内板を確認したら山林へ。土塁、空堀、虎口、土橋の遺構に感動しました。
ちなみにこの辺に来られたらおすすめの城址があります、久米城です。ここは、素晴らしい遺構があり見応え充分です!山城ならではの城址です、駐車場がありそこには縄張り図も用意されてます。最後の写真は久米城の登り口になります。

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刑部

学校の中の城址の碑 (2022/01/03 訪問)

門からお邪魔させていただき石碑を撮影出来ました、ありがとうございます。いつもなら遺構を探してウロウロするのですが今回は控えました。

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刑部

久米城を遠望できる城址 (2022/01/03 訪問)

かなり細いですが車で上まで行けます入口付近に駐車も出来るので不安ながら登っても大丈夫です。ただ余り大きい車は駄目ですね。入口から主郭部には、ゆっくり歩っても10分程。遺構を探しながら登る楽しみかあります。

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