突然ですが義姫様の投稿です。義姫は最上義光の2歳下の妹にあたります。
義姫は天文17年(1547)に山形城で生まれ、伊達輝宗に嫁いだ後、伊達政宗と弟の小次郎を産みました。米沢城には「伊達政宗生誕の地」の石碑が残っています。義姫には息子の伊達政宗を暗殺しようとした逸話がいくつか残っており「悪女」のイメージがありますが元ネタは「治家記録」などの後世の記録によるもので、実際の所は良く分かっていません。
天正6年(1578)に山上満兼と義姫の夫の輝宗が最上義光を攻めた際には、篭(かご)で陣中を突っ切って輝宗に抗議し、兵を引かせたとされています。
天正16年(1588)の大崎合戦では息子の政宗と兄の義光が対立しますが、義姫は輿(こし)で両軍の間に乗り込んで80日かけて和睦を成立させています。並の肝っ玉ではありませんな・・いや、すごい人だと思います。
後に最上家に出奔するものの、義光が亡くなった後に最上家が改易されると、政宗を頼って仙台に入り出家したとのことです。晩年には息子の政宗と和解出来ていたようですが、母子の実際の関係がどうだったのか気になる所です。
また宮城を訪問した際には義姫ゆかりの岩出山城と大崎合戦の舞台となった中新田城を訪れたいですね。
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