JR羽越本線 鶴岡駅から徒歩25分。城輪柵を見学後、酒田から列車で向かいました。酒田から鶴岡までは普通列車で30分ほどです。
鶴ヶ岡城は、古くは大宝寺城と呼ばれ、武藤氏によって築かれた城です。大宝寺氏、上杉氏、最上氏の支配を経て、江戸時代は、庄内藩 酒井氏の居城となりました。庄内藩は戊辰戦争で新政府軍を圧倒したことから、幕末最強の藩としても知られています。
本丸、二の丸は荘内神社、鶴岡公園として整備されています。また桜の名所としても知られています。今回は、桜の名所の真髄を身をもって堪能することになりました。
①三の丸木戸跡
駅から内川沿いに進んで行くと、三の丸の木戸があった荒町口、五日町口、三日町口、十日町口の標柱が川沿いの道に建っていました。三の丸には、11箇所の木戸があったとされていて、内川沿い以外の三の丸の木戸跡にも同じように標柱が設置されているようです。いよいよ城内という雰囲気がして、わくわくしてきます。
②致道館(藩校)
十日町口木戸跡そばの鶴園橋から県道47号線を西に行くと、致道館という庄内藩の藩校がありました。庄内藩九代藩主 酒井忠徳が創設した藩校で、東北では唯一現存する藩校建築物だそうです。ただ訪問日は、休館日・・・
塀を介してですが、満開の桜が出迎えてくれたので、結果オーライとします(泣)
③二の丸角櫓 櫓台
致道館の道路を挟んだ西側にあります。二の丸の南東端だった場所で、二重の角櫓があったようです。現在は土塁と櫓台の石垣が復元されています。櫓台の周囲には桜が植えられていて、満開に咲き誇っていました。
④百間堀跡
二の丸の南側には、百間堀という広大な水堀がありました。現在は、ほとんどが埋められていますが、二の丸南西側にある鶴岡タウンキャンパスの南側には、新百間堀として再現されています。こちらでも堀端に桜が植えられています。
⑤二の丸西堀・致道博物館
二の丸の西側は水堀と土塁が残っていて、堀端は桜並木となっています。満開ということもあり、絶景でした!!
県道47号線の付近の堀端には、かつては二の丸西門があり、三日月堀も設けられていたようです。二の丸西門跡から堀を渡ると、洋風の建築物が集まる致道博物館があります。もとは庄内藩主の隠居屋敷だった場所です。庄内藩主御隠殿に加え、敷地内に洋式建築の旧西田川郡役所庁舎や旧鶴岡警察署庁舎などの文化財が移築されています。道路沿いにある赤門は、庄内藩の江戸中屋敷の屋敷門を移築したもののようです。
⑥七つ蔵跡(曲輪)
二の丸北側の県立致道館中学校・高校(旧鶴岡南高校)のそばの歩道沿いに説明板が設置されています。七つ蔵とは、二の丸北側にあった曲輪の名称です。曲輪内には文字通り、中川蔵・山中蔵・京田蔵・御扶持方蔵(二棟)・嶋蔵・櫛蔵の七棟の蔵があり、土塁と堀が巡っていたようです。蔵には、庄内藩の扶持米を保管していたようです。
⑦二の丸北堀 御城稲荷神社
二の丸西側同様、北側でも水堀と土塁が良好な形で残され、桜並木となっています。
二の丸の北東側の土塁上には、御城稲荷神社があります。六代藩主酒井忠真が、城内鎮守として社殿を建立したようです。藩政時代には、一年に一回は城下の人々も特別に城内に入って参拝することができたようです。社殿は江戸時代のもので、鶴ヶ岡城唯一の現存建築物といえます。私はてっきり藩政時代の城内の建物は残っていないと思っていたので、この情報には驚きました!!
本丸・荘内神社編へつづく
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