2020/10/05
前田慶次の自腹でお城めぐり 【第6回】凸墨俣城 後編~革新的な築城術~
お城に関する豊富な知識を持つ「名古屋おもてなし武将隊」の一員・前田慶次が、全国のお城を実際にめぐりながら歴史・特徴・魅力を解説。今回は、稲葉山城攻略の拠点として豊臣秀吉が築き、出世の足掛かりにもなった墨俣城(岐阜県大垣市)の後編。天守閣へとたどり着いた慶次が、驚異の短期間で築城したという“一夜城伝説”の真相に迫る!
「前田慶次の自腹でお城めぐり」
皆の衆、我こそは名古屋おもてなし武将隊天下御免ノ傾奇者前田慶次である。
此度(こたび)城びとと同盟を結び、此の前田慶次が連載を持つ事と相成った。
先ずは、名乗りを上げよう。

前田慶次齢四七八歳。戦国の世では天下御免ノ傾奇者として名を馳せ申した。現世に蘇りは名古屋おもてなし武将隊の一角として、名古屋城を拠点に名古屋を世界一の観光都市にするが為、日々戦働きに勤しむ。
演武といったパフォーマンスなるものを披露し、電波放送戦(テレビやラジオ)は常戦番組(レギュラー)を持ち、全国各地に遠征を繰り広げる。
結成十一周年を迎え、全国の武将隊の先駆けとして日ノ本を代表とする武将隊である。
して、儂前田慶次は現世に蘇り歴史の語り部として多くの戦に出陣して参った。
伝統芸能を伝える舞台出陣、歴史学者との対談、寺子屋(学校)での歴史授業。
名古屋城検定名誉顧問に叙任され、検定過去最高得点を叩き出す。日本城郭検定にも挑戦し合格。
日ノ本が誇る歴史文化をより多くの者に伝えるべく、此度から城びとでの連載を始める次第。
題して
【前田慶次の自腹でお城めぐり】
他の連載と何が違うのか!?
・現世に生きる戦国武将自らが感じたことを紹介!
・傾奇者による城郭魅力度数値化!
・城巡りの手引書(案内)となる!
・地域の特色を織り交ぜ、観光が楽しくなる!
・イケメン(前田慶次)が見れる!
・要点を抑えた紹介!
・兎に角分かりやすい!
全国の城に直接己が足で出向き、城の見方、歴史を伝え、其の城の傾き所(見所)や天守閣、男前田度(イケメン)を前田慶次の独断で評価する。
歴史初心者から玄人まで楽しめる、国宝連載となっておる。
ただ城を巡るのではなく! 儂の金子(金)で城に登城する。つまり限られた金子で巡る
旅の道中劇にも注目してもらいたい!!
また巡り方については、王道の道順を歩む故に参考にすると良い。
凸墨俣城 ~先進的建築を成した伝説の城~
第六回は墨俣城!
先ずは、城郭の魅力度を数値化致した。

美濃国を代表とする城であり、天下人豊臣秀吉(木下藤吉郎)が美濃攻めの折に一夜(僅かな期間)で築城した、と伝わる伝説の城。
現在は城跡に当時の砦のような城ではなく、天守閣を据えた歴史資料館を築城に候。
また、桜が咲き誇る花見の頃合いは多くの者達が足を運び城郭と桜を愛でる事ができる絶景を楽しむ事が叶う。
慶次の勧めは夜桜。春頃足を運ぶのが良いぞ!
【基本情報】
城郭構造:平城
主な築城者:豊臣秀吉(木下藤吉郎)様
築城年:1566年?
指定文化財:大垣市指定史跡
【歴史】
織田信長様は駿河の今川義元様を桶狭間の戦い(1560年)で討ち果たした。
次いで攻略に取り掛かったのが美濃国。此処を治めるが斎藤家。
信長様の正室である帰蝶(濃姫)様は斎藤家の人間。
結果的に信長様が斎藤家を倒し美濃国を支配する故に、
忘れがちであるが父・信秀様の代から美濃国とは小競り合いを繰り返して参った。
故に父子二代に渡っての大願を果たす。
その大願を叶える大きな要となったのが「墨俣城」である!
時に織田家臣・木下藤吉郎様こと後の豊臣秀吉様が築城したのが1566年?と伝わる。
翌1567年に稲葉山城を攻略。
1584年、小牧・長久手の戦いの前には池田恒興殿の家臣・伊木忠次殿が墨俣城を改修。
1586年には大洪水によって墨俣城は流されてしまい、現在の位置に変わったそうじゃ!
故に戦略的に立地の重要性が低くなり廃城となる。
1991年ふるさと創生の金子は1億円で現在の墨俣城は大垣城の天守を見本とした模擬天守を再建!
織田信長様が美濃攻略を果たすために、墨俣に城郭を築城するのは必要不可欠であった。
手強い美濃勢の攻撃を耐えながら、先進的な建築工法で僅かな期間で城郭を築城した豊臣秀吉様!
出世運がどえりゃー上がる事間違いなし!
此れを読む其方も運気が上がる!
豊臣秀吉様の出世の足掛かり墨俣城へいざ、出陣!!
おうーーーーーーーーー!!!!

【前回のあらすじ】
美濃国の足掛かりとなった「墨俣城」に登城するまでに墨俣の歴史を紐解き、
戦国界の洒落男である伊達政宗が宿泊した地であり、源平の戦があった事を知る。
河川と共に東海の美濃路として美濃国を支えた墨俣に築かれた伝説の一夜城に遂に登城!

【墨俣城に金鯱?】
墨俣城天守閣前にやって参った。
実に珍しきは金の鯱が頂で輝いておる事。金鯱は天下人の証でもある。
そもそも鯱とは、火除けを始め、魔除けの守り神として天守閣に飾られる。
金鯱は嘗て秀吉様が「大坂城」に飾り権力の象徴としてこの世を照らした!
墨俣城は大垣城の天守閣を模して再建しておるが金鯱は秀吉様所縁ということを証明しておるようじゃ。
※墨俣城の如く金鯱を飾る城があるが、史実でないものが多いぞ!

【木下藤吉郎秀吉像?貫禄が…】
「木下藤吉郎」の名の時分に美濃攻略の拠点墨俣城築城を成し遂げた
偉業を伝える像が天守閣前に!(大事な事だで何度も案内するぞ)
「木下藤吉郎」と銘打ってあるが、像を見る限りこの秀吉様「出世済み」だで隠し切れぬ貫禄!
その前で「猿の構え」。天下人になられた秀吉様の前で悪戯をしておった頃を思い出すのぅ。

【城柵は戦国以前より活躍する防御策】
天守閣に入城する前に周りを探索。城柵(馬防柵)が再建されておったぞ。
城柵は戦国時代以前から活躍する防御策の一つである。
【先を尖らせるのは何故?】
柵の先を尖らせることで敵が一遍に乗り上げてくるのを防いだり、
心理的に登らせにくくしておるんじゃ!
先端恐怖症なるものであれば近づくことも難儀であろう?

【天守閣(歴史資料館)入場料】
18歳未満は何と無料!! 誠か? 誠なんじゃ!
大人は200円と他の城と比べても安く気軽に参れるぞ!
休館日は「月曜日(祝日は除く)」祝日の翌日、年末年始とある。
訪れる前に調べる。合戦と同じく情報収集は大事じゃ!

【墨俣城御城印】
入城口受付に買うことができるぞ!
秀吉様の馬印である瓢箪が描かれており、所縁の地であることを示すぞ!
値段300円

【秀吉馬印の起源】
秀吉様が弟秀長様と蜂須賀殿、前野殿がこの地で酒を酌み交わし
「此れから手を取り合ってやって参ろう」と一致団結したとか。
墨俣城築城の重要人物達が此処で飲みニケーションで交流し城ができたわけじゃ!
人たらしと呼ばれた秀吉様らしい話も知ることができる。

【墨俣城下町について】
墨俣の城下町について伝える資料が一階にあり、
前編で伝えた本陣等については細かく記されておる。
色彩溢れる絵画と地図で説明してくれておるで分かり易いぞ!

【墨俣城の築城方法とは】
二階以降は展示品と共に秀吉様関連の歴史を伝える。
中でも人気なのは墨俣一夜城伝説の話!(実際は3日)
一晩で築城してはないが、異常な速さと驚きの工法故に、多くの者を驚かせた墨俣城。
写し絵の通り図解と展示品でそれを伝える。
手前にある木材は実際に築城に使用した木材を示す。
気付いたであろうか? 加工済みの木材であることに。異常な速さで築城できた種を教えてやる!
【史上初のプレハブ工法、ベルトコンベアー!秀吉工場の巧みな技】
墨俣は川に面しておる。此れを利用する。
木曽川上流で木材を伐り出し筏を組んで川に流す。
中流で引き揚げ、現場で直ぐ組み立てられるように此処で加工する!
再び、木材(加工済み)を筏(いかだ)で組み川に流す。(運搬の速さと敵に見つかりにくい)
現場での築城工期を大幅に短縮に成功。(加工済みの為現場で直ぐに組み立てられる)
正に現世の生産方法プレハブ工法とベルトコンベア式の先駆けと言えるであろう!
築城現場は戦場ともなっており敵軍からの攻撃に耐えながら築城する必要性があった為、斯様な工法を編み出したと見える。
木下軍総勢2140人でこの偉業を成し遂げた!
此の策略を誰が考案したのかは知らぬが、責任者である秀吉様が遂行したのは間違いない!
織田家重臣の面々も成功しなかった築城を成功させたということで、信長様にその活躍を認められた。

【木材の詳細】
墨俣城築城に使用した木材の種類を含めた詳細な情報である。
現世では情報が筒抜けで恐ろしい物じゃ…。
長材から短材と分けて、全部で13,750本の木材を使用した!
【墨俣城築城の功績】
此の偉業を成し遂げたことにより
木下藤吉郎は100人をまとめる鉄砲組頭から墨俣城城代にまで出世!
稲葉山城攻略に多大な貢献を果たし織田軍の中で頭角を現すのであった!

【秀吉様の生涯を学べる】
天守閣(資料館)の中は階で時代を分けて、
秀吉様の生涯を貴重な資料と図解と共に紹介して御座る!
秀吉様について学びたいのであらば、図解もある故に分かり易く想像もしやすい。
楽しく学べ申す!
儂も知らぬことが、ようけ御座って思わず見入ってしまった!

【墨俣城から岐阜城】
天候によるが金華山は岐阜城(稲葉山城)の天守閣も肉眼で確認することができ申す!
此度はちと曇りであったが見れ申した!
稲葉山城攻略の時分は今の墨俣城天守閣のような建築物は無かったが、此処を拠点として
金華山を見ながら軍議をして策を考えておったと考えると
歴史浪漫を感じるであろう?
難攻不落と呼ばれし稲葉山城を主等ならどう攻めようと考える?

【眺めも写し絵で】
もし天候が悪くても天守閣からの眺めを写し絵で確認することができ申す。
此れだけお天道様が良ければ絶景であるな!!
して天井は格(ごう)天井(格式高い)造りとなっておる。
大垣城天守閣を模して築城された墨俣城であるが豪華さも忘れておらぬ!
もし秀吉様がご存命で再建するとなると豪華絢爛な造りであっても不思議ではなかろうな。

【入城口に城びと×前田慶次シール】
一通り見申して下城の刻が迫って参った。
城びと×前田慶次の特製張り紙’(シール)を入城口に貼らせてもろたぞ。
皆も登城した折には確認してちょ!

【水の都】
墨俣城近くは大垣。関ヶ原の戦いの西軍石田三成の拠点。
此の大垣は水の都と呼ばれており透き通った水に定評がある!
その水を使った「ラムネ」とやらを歩き疲れた体に与え申す!
初めて飲んだが、思わず目を瞑ってしまう程の刺激を体に与える!炭酸と申すらしい。
暑き日には涼を与えるもので中々良きものであった!
では最後に
ここで恒例の天守閣男前田度(イケメン度)を発表!
墨俣城天守閣男前田度は…

75点!!!
模擬天守閣(歴史資料館)は複合式層塔型天守閣(3重4階)
大垣城天守閣を模して築城した天守閣は元々存在しておらぬ建築物であるが、
豊臣秀吉様所縁の城ということで頂には珍しい金の鯱を飾る!
派手好きの秀吉様の趣向に合わせた再建は実に男前な心と見た!
装飾はそれに留まらず破風も多く配され小ぶりな天守ながらも存在感も大きい!
正に秀吉様を擬人化ならぬ擬城化とも言える!
また、角度によって見え方が変わるのは現世で申す
横顔美人の様な風格も備える!
もう一押しという点は、独自の味に欠けたところである。
歴史に重要な城であるが、天守閣の面だけ切り取るとちと印象が弱い。
池田家家臣伊木忠次の改修を含めこの先墨俣城の新たな発見への期待も込めて
75点とさせてもろた。

【残金】
75,661円
此度の城巡りにて使った金子は少なめで御座った!
【墨俣城巡りを経て】
美濃国は尾張から近い。
大河ドラマ『麒麟がくる』視聴者達も聖地巡礼を始め
訪れたい城郭の一つが墨俣城である。
墨俣城と申せば「木下藤吉郎秀吉」である。
無論世に広めたのは秀吉様の功績あってこそであるが、
此処が美濃路の大事な宿場として栄えたこと、
奥州の覇者「伊達政宗」も訪れたりと美濃国の発展において外せぬ土地とは知らなんだ。
築城において川の存在は経済の発展を促すだけでなく、
工期の短縮もできる万能な存在であることも知れた!
城を巡れば、その土地の歴史を知ることになる。
関わった人間がどう出世を果たしていったのか、道を躓いたのか知れる。
一度きりの人生。日ノ本に存在する城郭をできるだけ多く巡りたいと改めて思い申した。
此れを読む皆々にも、近所の城から遠方の城まで
歴史観光を楽しんでもらいたい!
次回の城巡りは何処に参るか。
楽しみに待っておれ!!!
以上
名古屋おもてなし武将隊
天下御免ノ傾奇者 名古屋城検定名誉顧問 城びと連載人
前田慶次郎利益
<住所>
岐阜県大垣市墨俣町墨俣1742-1
<アクセス>
JR岐阜駅から岐阜バス墨俣行き(6番のりば)に乗車、終点「墨俣」で下車、徒歩12分
凸伝令
執筆・写真/前田慶次(名古屋おもてなし武将隊)












