人首城を終えて西方に約14、5km程の豊田館を目指す、情報とガイドは何時もの城郭放浪記さん余湖図コレクションさん、走行中コンパクトカメラのバッテリーをシガレットソケットに繋ぎ充電するが中々満充電に成らない。
県道8号線を走りながら所々にえさし藤原の郷看板が目に入って来る、ナビを国道465号線と県道156号線の交わる手前の県道156号線約20m北側に公園駐車場に合わせ到着。
5m程の高台に館跡が有り公園化されてる、堂と石碑、案内板、東屋が立ってる、割とこじんまりした館跡。
歴史的には清衡の父藤原経清の館で経清は安倍氏と婚姻関係を結び清衡が生まれる、前九年役で経清は安倍氏と結び源頼義と対抗し捕らえられ殺害される、清衡の母は清原氏と再婚し後の後三年の役後清原氏が奥六郡を治める事に清衡が後を治める事になり横手の館から父の館、豊田館に戻り藤原姓に復した。
この後平泉に館を構えて奥州藤原三代の栄華を極める。
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