<オススメ>★★☆☆☆
桜井城は、安城松平長親の子・信定が入り、桜井松平初代となった。松平信定は、松平清康に属して牧野氏の吉田城や織田氏の岩崎城、品野城攻めで活躍した。1530年、宇利城攻めで清康の不興を買う。1535年、守山城攻めで清康の指図に従わず疎遠となる。清康の死後、織田氏に内通し、松平広忠を岡崎城から追放するなどし、念願の惣領の座についた。岡崎城を追われた広忠は今川義元に支援を求め、今川を後盾にした広忠が岡崎城に戻ると、以前まで従っていた家臣たちは次々と離反し、信定は岡崎城から追われた。その後、広忠に謝罪し、和解する。以降約70年間、6代にわたり桜井松平氏の居城となった。1590年、桜井松平氏は家康の関東移封に従ってこの地を離れ、廃城になったとされる。その後、桜井松平氏は、江戸時代に大名として各地を転じ、摂津国尼崎藩で幕末を迎えた。現在、土塁等が遺されている。
<アクセス>
名鉄西尾線 桜井駅 徒歩15分
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