【久野城】
<駐車場他>城跡駐車場無料あり
<交通手段>レンタカー
<見所>曲輪
<感想>1泊2日武田・徳川攻防の城旅8城目。この城跡は現地説明板によると、在地領主久野宗隆が造ったが明応年中(1492~1500)とも永正年中(1504~1520)ともいわれている。宗隆は今川氏に属していたが孫の代の宗能は徳川家康に属して掛川城・高天神城攻撃・小牧長久手の戦いで戦功をたてている。徳川家康の関東移封に際して伴い宗能は下野に移封され、松下家→宗能(再封)→宗成→北条氏重で正保元年(1644年)に廃城となります。
城跡は独立した小高い丘城で周囲を水堀で囲んでいたようです。西側に二の丸、三の丸を配し、東側が大手入口、南の丸、東の丸、北の丸を配します。堀切、竪掘りは見られますが短く、曲輪間を仕切る程度のものである。綺麗に草刈がなされていて気持ちよく散策できましたが、本丸の東面から南面にかけてだけが樹木の整備をしておらず木々の隙間から僅かに見える堀切が勿体なかった。
<満足度>◆◆◇
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