愛知県常滑市にある城びとには未登録の城址です。
城址碑と説明板はありますが、遺構はないと思われます。緒川城主水野氏の一族である水野監物忠綱によって築かれた城です。常滑水野氏はその後、大和守忠清、監物守次とつづき三代にわたる居城となりました。本能寺の変のときに水野守次は明智光秀に味方したため城を去り、その後は織田信雄の家老である星崎城主・岡部重孝に与えられました。しかし羽柴秀吉の謀略で重孝が信雄によって殺害されます。その後は徳川家康の家臣である高木広正が城主となりましたが、家康の関東移封に従い廃城となっています。水野氏三代の遺徳を偲んで建立されたという正法寺が城址碑と説明板の近くにあります。
常滑市は中部国際空港セントレアがあり東海地方の空の玄関となっています。また焼き物でも有名な街です。常滑焼は日本六古窯の一つで最も古く最も規模が大きいといわれています。また招き猫の三大産地のひとつで、なかでも常滑市は全国シェアの80%を生産する招き猫生産地です。とこなめ招き猫通り、とこなめ見守り猫「とこにゃん」など、市内のいろいろな場所で招き猫に会うことができます。
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