「水の手は 大池なのか? 高天神城(みずのては おおいけなのか たかてんじんじょう)」
トクさんの投稿にもあった高天神城の水の手、現在井戸曲輪には「かな井戸」と呼ばれる井戸があり、搦手の道中には三日月掘があります。掛川市の文化財課に聞いてみると、いろいろヒントはくれるけど、はっきりとは教えてくれない。何度か時期を変えて訪れてみると城の斜面からどんどん水が流れ出して来てる、古大井川の運んだ高天神礫層で形成された高天神城は非常に水はけが良く、籠城には不便な要因になっているようです。
二の丸から大量の瓶が発掘され、内容物の付着等無かったことから水瓶だと想定されています。おそらく麓の大池が重要な水場だったと思われ、近くの沢や三日月池、大池から水を運んで蓄えていたものと思われます。
「第二次高天神城の戦い」での三月には井戸や沢からは水が取れなかったと思われ、大池の堰を破壊されたのが落城への致命的な要因になった可能性はあります。江戸時代に書かれた古地図には大池跡には水は残っておらず、南東に池があることから、そちらの方に水が流れて行ったのではないかと思います。
大池は現在溜池として復活していますが、誰も来ないので近づかない方が無難だと思います。
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