<オススメ>★★★★★
元寇防塁は、鎌倉幕府が蒙古襲来に備え博多湾に築いた約20kmの石塁である。幕府は九州御家人に命じて国ごとに区域を定め、武家領や本所一円地を問わずに田1反あたり1寸の割合で石築地役が賦課された。弘安の役までには一部が完成しており、元軍は博多への上陸を断念して、志賀島に船団を停泊させたという。石塁は海側に石を積み上げ、陸側は版築と呼ばれる工法で土と砂を突き固めて構築されている。高さ・幅は平均して約2mあり、築造を担当した国により、構造に違いがある。弘安の役の後も元による再襲来に備えて異国警護体制は継続され、工事や破損箇所の修復が負荷された。異国警護体制は鎌倉幕府滅亡の前年にあたる1332年まで行われている。戦国期に入ると、福岡城を築く際に石材が転用され、石塁の多くが失われた。現在、国指定史跡として石塁が遺されている。
<アクセス>
JR下山門駅 徒歩15分
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