横手市の吉田城を早朝に終えて北東に約5、6km程の大鳥井柵を目指す、情報、ガイドは何時もの城郭放浪記さん余湖図コレクションさん、大鳥神社側の東に駐車場が有りナビを合わせ到着、大型駐車場でトイレ完備、大鳥公園、運動場に成ってる。
今回探訪したのは公園南側に杉林の中に残ってる遺跡群、トイレ横に案内指示図が有り横堀、土塁ルートから登り、横堀の長さに驚き、堀、土塁を見ながら大鳥神社やの方向に登って行く、大鳥神社境内、曲輪?から南の横手川を見下ろすと断崖に成ってる、南側は木々が茂って居り神社の尾根筋から見下ろすだけ。
運動公園の東側にも二重掘りが巡らされてる様子なので訪ねるが発掘後埋め戻されてる様子ですが運動公園と東住宅街の間に低地が在りここも堀跡か?良く分かりませんでした、運動公園西側には土塁の様な山手が連なって居り、北側は一段高く成ってる。
神社の有る所が高所に成り主郭と成るのか?、横手城天守が遠望出来ます。兎に角二重の堀土塁が素晴らしい。
歴史的には源氏安倍氏清原氏の前九年後三年役の合戦が有名ですが、ここは次に訪ねる金沢柵と合わせ後三年の役の舞台と成り源義家、清原氏の活躍、清原氏の奥六郡支配の基をつくり、母の再婚で清原清衡は後に奥州三代栄華を極めた藤原清衡となる。
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