理文先生のお城がっこう 城歩き編 第43回 塗籠と下見板張

加藤理文先生が小・中学生に向けて、お城のきほんを教えてくれる「お城がっこう」の城歩き編。今回のテーマは、お城の外壁について。天守のは白色のものがあれば黒色のものもありますが、どんな材料でどのように造っているのか、その違いを見ていきましょう。

天守の外壁(がいへき)は、大壁造(おおかべづくり)と呼(よ)ばれる、柱を見せないように土壁(つちかべ)を厚(あつ)く塗(ぬ)った壁とするのが一般的(いっぱんてき)でした。その仕上げ方法に2種類があります。一つは、白い漆喰(しっくい)を仕上げとして塗り重ねた塗籠(ぬりごめ)の白い天守と、壁の下の部分のみを煤(すす)と柿渋(かきしぶ)とで出来た墨(すみ)を塗った板を張る下見板張(したみいたばり)の黒い天守です。

姫路城
漆喰仕上げの代表で、「白鷺城(しらさぎじょう)」と呼ばれる姫路城(ひめじじょう)天守群と櫓、土塀(どべい)

壁の構造

天守や櫓(やぐら)の壁は、敵方(てきがた)からの攻撃(こうげき)にさらされるため、銃弾(じゅうだん)や大砲(たいほう)からの攻撃に耐(た)えなければなりませんでした。また、火矢(ひや)(敵方の建築物(けんちくぶつ)に遠距離(えんきょり)から火をつけて放つ矢のことです)等の攻撃も考えられるため、火災(かさい)が起こらないようにもしなくてはいけませんでした。そのために、土を塗った土壁にすることが基本(きほん)でした。

その壁の厚さは1尺(しゃく)(約30㎝)以上とされ、特に厚い場合は2尺もあったのです。これだけ厚く土壁を塗られていれば、通常(つうじょう)程度(ていど)の火災では燃(も)え移(うつ)るようなことはありません。さらに、鉄砲(てっぽう)の弾丸(だんがん)だけでなく、当時の大砲にも耐えることが出来たのです。

土壁は、最初に竹小舞(たけこまい)組みと呼ばれる、竹を縦横(たてよこ)の格子状(こうしじょう)に組んで、縄で巻(ま)き締(し)めて組み上げた小舞と呼ばれる壁の骨(ほね)組みを造(つく)ります。その上に、粘土分(ねんどぶん)の多い壁土を使った荒壁(あらかべ)を塗り、壁の下地にします。次に、砂(すな)を多く混(ま)ぜた壁土を中塗りとして塗り重ねて平らにします。最後に、白い漆喰を仕上げとして塗り重ねると、塗籠になります。壁の表面に板を張れば、下見板張になります。

水戸城二の丸角櫓
壁の内部構造(こうぞう)の模型(もけい)(水戸城二の丸角櫓)。①竹小舞➁荒壁塗り➂中塗り④漆喰塗り

塗籠

「白鷺(しらさぎ)城」と呼ばれる姫路城(兵庫県姫路市)の天守に代表される真っ白な天守が塗籠です。外壁の仕上げに白い漆喰を塗った壁になります。漆喰とは、水酸化(すいさんか)カルシウム・炭酸カルシウムが主な成分で、もとは「石灰(せっかい)」と表記されていました。我(わ)が国の漆喰は消石灰(しょうせっかい)を主成分として、骨材、すさ(麻(あさ))、海藻(かいそう)のりなどの有機物を混ぜて練り上げたものです。風雨に弱い土壁の上に塗ることで、防水(ぼうすい)性を上げる効果があります。通常の場合は5㎜程度(ていど)まで塗り重ねられましたが、厚いものでは1cm以上塗り重ねられています。 

屋根瓦(やねがわら)以外、壁から軒下(のきした)に到(いた)るまで、外に露出(ろしゅつ)している部分を白い漆喰で塗り固めることを、「白漆喰総塗籠(しろしっくいそうぬりこめ)」といいます。これは燃えやすい建材部分を漆喰で徹底的(てっていてき)に覆(おお)いつくすことで、防火性と防水性を高める目的がありました。

宇和島城天守
白漆喰総塗籠の宇和島城天守。各階共に窓の上下に長押形が見られます

同じ塗籠でも、柱が隠(かく)れるほど厚く塗り重ねる「大壁造」と、柱を見せるような壁の仕上げにした「真壁造(しんかべづくり)」とがあります。真壁造が古式と言われています。一階から最上階まですべてを同じ塗籠とするのではなく、最上階のみ格式を高めるために真壁造としたり、長押形(なげしがた)(窓(まど)上下に渡(わた)した水平材のことです)を作ったりすることもありました。

姫路城大天守、真壁造
姫路城大天守は、五重目のみ柱の形が見える真壁造です。これは、格式を高めるために行われたと考えられています

下見板張

「烏(う)城」(烏とはカラスのことです)と呼ばれる岡山城(岡山県岡山市)や松本城(長野県松本市)のような黒い武骨(ぶこつ)な姿(すがた)をした天守が下見板張の天守です。土壁の下半分程度を板張にした姿です。下見板は、防水性能を上げるため、煤と柿渋とで出来た墨が塗られていました。下見板の最高級品は、黒漆(くろうるし)で塗られたものです。黒漆は、高価(こうか)な上に色あせやツヤ落ちなどの進行が早く、何度も塗り替えなくてはなりませんでした。そのため、黒漆を使用したのは織田信長(おだのぶなが)安土城(滋賀県近江八幡市)や豊臣秀吉(とよとみ)大坂城(大阪府大阪市)などの天下人の城に限(かぎ)られています。徳川家光江戸城(東京都)(家光が築いた3代目江戸城天守)は、耐久性(たいきゅうせい)(どれだけ長くそのままの形で持たせることができるのかという性能(せいのう)のことです)の向上を図るために、銅(どう)で出来た板が使用されることになります。

下見板張、松本城
下見板張の天守の代表松本城は、背後(はいご)の雪を背負った南アルプスと対照的。美しい姿を見せます

漆喰と下見板張の差

従来(じゅうらい)は、下見板張が古い時代のもので、新しくなると塗籠に代わるとされていました。それは、下見板は燃えるため、防火(ぼうか)(火災が起こらないように前もって防(ふせ)ぐことです)性能の面から劣(おと)るので、時代遅(おく)れの旧式(きゅうしき)であるとの考えからでした。しかし、下見板は燃えても、他はすべて耐火性の高い土壁であるため、建物本体に類焼することはありません。そうでなければ、下見板張の天守は無くなったはずです。従(したが)って、下見板張と塗籠は、防火性能において優劣(ゆうれつ)の差はなかったことになります。

それでは、風雨に対してはどちらが強いのか考えてみましょう。漆喰は簡単(かんたん)に内部に水分が浸透(しんとう)し、下地の粘着力(ねんちゃくりょく)が弱まり、塗り直しをしなければなりませんでした。現在も、姫路城ではどこかで必ず漆喰の工事をしています。その点、下見板があることで直接土壁に水分が当たらないため、下見板張の天守は耐久性においては、はるかに優(すぐ)れていたのです。

現存する天守を見てみましょう。犬山城(愛知県犬山市)、彦根城(滋賀県彦根市)、松江(まつえ)(島根県松江市)、松本城、丸岡城(福井県坂井市)など、確(たし)かに古い時期の天守は下見板張です。しかし、伊予(いよ)松山城(愛媛県松山市)、丸亀(まるがめ)(香川県丸亀市)、備中(びっちゅう)松山城(岡山県高梁市)などの新しい時期に建てられた天守も下見板張なのです。我が国で最も新しい伊予松山城天守は、幕末(ばくまつ)の再建(さいけん)にも関わらず下見板張でした。

壁の仕上げと、建てられた年代とは無関係で、見た目のきれいな白漆喰にするか、耐久性の面から下見板張にするかは、城主の好みであったと言う他ありません。

松山城天守群
幕末に再建された伊予松山城天守群は、新しい天守ですが下見板張の黒い姿です

江戸時代になると、下見板張に代わる耐久性の高い海鼠壁(なまこかべ)が登場します。海鼠壁は、土蔵(どぞう)の外壁などに多用されたもので、壁面に平瓦(ひらがわら)を並べて貼り、瓦の目地(めじ)(継ぎ目)に漆喰をかまぼこ型(がた)に盛(も)り付けて塗る工法のことです。その目地がナマコに似ていることからこの名があります。

金沢城石川門の菱櫓と多門櫓
海鼠壁の金沢城石川門の菱櫓と多門櫓。水に対しても強く見た目も美しい仕上がりです

今日ならったお城の用語(※は再掲)

※大壁造(おおかべつくり)
一般的に柱を見せないように外壁の表面を厚く塗ったもののことです。漆喰を塗った塗籠と下見板張の2種類があります。

※塗籠(ぬりごめ)
壁を漆喰(土壁)で塗り固めることです。燃えやすい木材建材を漆喰で塗り固めることで、防火性を高める目的がありました。

※下見板張(したみいたばり)
大壁造の仕上げの一つで、煤と柿渋からなる墨を塗った板を壁の上に張ったもののことです。塗籠仕上げと比較(ひかく)し、風雨に強いとされています。

※白漆喰総塗籠(しろしっくいそうぬりごめ)
軒下から壁に至るまですべての露出面(表側に出ている箇所のことです)を漆喰で塗り固めると「総塗籠」と言い、白漆喰で塗り固めた場合は「白漆喰総塗籠」と呼んでいます。

※真壁造(しんかべつくり)
壁の塗籠にあたって、建物を組み立てている柱を見せる仕上げで、大壁造より古式な壁です。防火の点では、木の柱が露出している分不利になりますが、温度や湿度(しつど)が調節できるため居住性(きょじゅうせい)には優れています。

※長押形(なげしかた)
書院造(づくり)や自社建築に使う部材で、柱の表面に打ち付ける横材のことです。格式をあげるために、窓の上下に付けられることが多く見られます。

※海鼠壁(なまこかべ)
土蔵の外壁に多用され、下見板の代わりに瓦を打ち付け、目地に漆喰を盛ったものです。下見板張に比較し、耐久性が高くなります。

次回は「天守の象徴-破風-」です。

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加藤理文(かとうまさふみ)先生
加藤理文先生
公益財団法人日本城郭協会理事
(こうえきざいだんほうじん にほんじょうかくきょうかい りじ)
毎年、小中学生が応募(おうぼ)する「城の自由研究コンテスト」(公益財団法人日本城郭協会、学研プラス共催)の審査(しんさ)委員長をつとめています。お城エキスポやシンポジウムなどで、わかりやすくお城の話をしたり、お城の案内をしたりしています。
普段(ふだん)は、静岡県の中学校の社会科の教員をしています。

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